長く語り継がれてきた、わらべうたを絵本に
――「おいっちに おいっちに おいっちにーの きーのこちゃん」リズム感のいい言葉と、きのこやだるまがおどけておならをする姿が楽しい、こがようこさんの絵本『へっこ ぷっと たれた』(絵・降矢なな/童心社)。日本の「わらべうた」をテーマにした「わらべうたでひろがるあかちゃん絵本」シリーズの中でも人気の1冊だ。完成までには5年の歳月がかかったという。
「むかしばなし」や「わらべうた」は伝承されてきたもので、それを大事に伝えていこうと活動されている方たちがたくさんいらっしゃいます。私は、自身の子育てや保育経験、「おはなし会」などの体験を通して「わらべうた」に触れ合ってきました。その体験の中で「わらべうた」が持つ物語性を感じ、絵本にしてみたいと思いました。
「わらべうた」は、地方によって、言葉やリズムが少しずつ違って伝承されているものもあるので、まずは文献にあたったり、直接「わらべうた」を伝承している方にお会いして、編集者の永牟田さんと「わらべうた」について改めて理解を深めていきました。その中で、若いお母さんお父さんたちが「わらべうた」を身近に感じてもらえるようにするにはどうしたらいいかも考えました。
――たくさんある「わらべうた」の中から選ばれたのは3つ。長く語り継がれてきたものを選んだという。
子どもがうたうものは全て「わらべうた」という人もいます。でも、このシリーズでは、長くうたい継がれてきたものを選びました。ほんとに短い、唱えるだけでもいい「わらべうた」を絵本にしたいと考えて、「ねーずみ ねーずみ どーこいきゃ?」「へっこ ぷっと たれた」「おせんべ やけたかな」の3つを選びました。
「へっこ ぷっと たれた」は、仙台や遠野地方で主に唱えられている「わらべうた」で、仙台の語り手仲間たちからよく聞いたものです。最初の「おいっちに おいっちに」というのは、誰が読んでも同じようなリズムで読めるというのがポイントです。絵本は自由に読んでいいのですが、どう読んだらいいか悩んでしまう方もいらっしゃいます。でもこの絵本では、「おいっちに おいっちに」という言葉を繰り返すことで、自然とリズムが生まれます。降矢さんの絵が楽しく、思わず笑ってしまう場面もあって、喜ばれているのかなと思います。
語りかけるのは、言葉だけじゃない
――子どもに絵本を読むとき、どう読んだらいいかわからないと悩むのは、子育てに真面目に取り組んでいるからだと、こがさんは言う。
今のお母さんお父さんは、すごく一生懸命なんだと思います。真剣に、「どう読んだらいいかわからない」と思われているのですね。正しく読みたいというのでしょうか。絵本はいいもの、子どもが生まれたら一緒に絵本を読みたいという思いはすごくあるのですが、実際に絵本を開いてみたら、大人の文章を頭の中で読むことと、絵本を声に出して読むことに違いを感じて、どう読んでいいかわからなくなってしまうようです。あるいは、読んでみたけど赤ちゃんが反応しなかったり笑ってくれなかったりして、自分の読み方がダメなのかもと思ってしまう人もいます。昔の親もそうだったのかもしれませんが、今の方がそういう声が多く聞こえてくるように思います。ひらがなだけの世界を大人になって改めてみたときに、どう発していいかわからないという人は、もしかしたらたくさんいらっしゃるのかもしれません。
――赤ちゃんの反応は様々。大切なのは声を聞かせてあげることだ。
赤ちゃんは絵本に反応しなくても、読んでくれている人のことを一生懸命見ています。それでいいんです。お母さんお父さんの声を聞いてもらうことが、とても大事なことだと思います。絵本を読んですぐに反応が返ってこなくても心配する必要はありません。赤ちゃんも「絵本」とはどんなものか、はじめはわからなくて、でも、続けていくうちに、絵本を開くと、お母さんやお父さんの気持ちいい声が聞こえてくるものなのだと感じて、絵本を見たくなっていくのです。
小さな赤ちゃんに語りかけること自体が、はじめは難しいと感じる人もいるようです。「今日はいい天気だね」「お日様出てるね」って。ちょっとしたことでいいのですが。
「わらべうた」もそうですが、語りかけるというのは、言葉を届けることだけでなく、目と目を合わせたり、笑いかけたりしてあげること。それで赤ちゃんが笑ってくれたら、「笑った! かわいい!」って思う。そういうやりとりが大事です。赤ちゃんが意識的にニコニコしているわけじゃなくても、お母さんやお父さんは「かわいい」「うれしい」と感じる。そうすると、また見つめ返したり、触ってあげたくなる。そういうキャッチボールみたいなことが語りかけるということで、お互いにとって大事なことだと思っています。
読み聞かせは親子で過ごす大事な時間
――絵本の巻末には、「わらべうた」の遊び方も書かれていて、赤ちゃんと触れ合いながら楽しむことができるのもうれしい。
「わらべうた」は、昔は赤ちゃんの成長を知る目安にも使われていたと聞きます。例えば、「おつむてんてん」と、頭を触りながら唱える「わらべうた」があります。赤ちゃんって生まれたばかりの頃は頭の上まで手はあげません。でも、大人が「おつむてんてん」とあやす仕草を見ていくうちに、ある時期からマネをするようになる。そうやってだんだん手を頭の上の方に伸ばすことに気づくのですね。大人も、「ああ、手がここまであがったなあ」と赤ちゃんの成長を感じるわけです。「わらべうた」は生活の中から生まれてきたもので、そういう先人の知恵は素晴らしいと思います。絵本を読みながら、体に触れたり、嫌じゃないところを嫌じゃないようにそっと触ってあげたりして、遊んでほしいですね。
赤ちゃんをあやすときや寝かせるときなどに「トントン」とするリズムも、「わらべうた」のリズムにあっています。それは心臓が落ち着くリズム、お母さんのお腹の中にいたときから感じていたリズムなんじゃないかなと思っています。子育てしていてイライラするようなときも、自分自身がゆったりした気持ちで「わらべうた」を唱えながらトントンすると、赤ちゃんも穏やかになっていきます。そういうときこそゆったり、ゆったり唱えてほしいと思います。
――読み聞かせは、子どもが小さなうちだけでなく、長く続けてほしいと、こがさんは言う。
自分で読むのと、読んでもらうのは全く違うものなので、ぜひずっと読んであげてほしいです。私は娘たちが6年生になるまで読んでいました。それはたぶん、子どもたちがというよりも、私が読みたかったんですけど(笑)。今は、娘たちも自分の子どもに絵本を読んであげるようになりましたが、私が読んでいた本は何も覚えていなくても「あの時間はすごく好きで楽しかった」「あの時間はケンカしなかったよね」と話しています。何を読むかではなく、一緒に過ごす時間が大事なのであって、読書好きになるというのとは、またちょっと違うかなと思います。
――今後もこのシリーズを続けていきたいと言う、こがさん。一方で、赤ちゃんがお腹の中にいるときから語りかけることの大切さについて伝える活動もしている。
お母さんのお腹の中にいるときから、いっぱい語りかけてほしいと思っています。でも、まだ目の前にいない赤ちゃんに語りかけるのは、難しいと感じる人もいるかもしれません。そんな方にも語りかけてみようと思えるような絵本を作りたくて。お母さんお父さんの言葉で自然に語りかけてもらえる絵本をと考え、『おなかのなかのあかちゃんへ』(絵・くのまり/岩崎書店)を書きました。マタニティ期のお母さんとお父さんの心が寄り添えるきっかけ作りにもなればと思っています。ご一緒に読んでもらえるとうれしいです。