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「パリ十区サン=モール通り二〇九番地」/「生き急ぐ」書評 遺された者たちはどう生きるか

評者: 望月京 / 朝⽇新聞掲載:2025年01月18日
パリ十区サン=モール通り二〇九番地: ある集合住宅の自伝 著者:リュト・ジルベルマン 出版社:作品社 ジャンル:歴史・地理

ISBN: 9784867930434
発売⽇: 2024/08/15
サイズ: 13.2×18.8cm/392p

生き急ぐ 著者:ブリジット・ジロー 出版社:早川書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784152103765
発売⽇: 2024/11/07
サイズ: 13.5×19.4cm/192p

「パリ十区サン=モール通り二〇九番地」 [著]リュト・ジルベルマン/「生き急ぐ」 [著]ブリジット・ジロー

 なぜあの人は逝(い)き、私は生きているのか。遺(のこ)された者はいかに生きるか。共にフランスの女性作家の実体験に基づく2冊に共通する問いだ。
 映画監督でもあるジルベルマンは、かつて父親が語った素敵な革ベルトを貸してくれた近所の少年の話に「なぜ自分ではなくあの子が収容所に」と父が問い続けていることを感じ取る。移送された子どものデータを供覧する地図サイトでその子の名を見つけたのをきっかけに、彼女は『パリ十区サン=モール通り二〇九番地』の集合住宅を選び出し、9人の移送者の名前を起点に330人余の過去の住民のその後を調べ始める。
 複数年の住民調査帳簿からまずわかるのは当時のパリの社会的様相だ。いかなる職種の人々がどこから来てどこにどう住んでいたか。次いで、探し当てた住民との通話や国内外での面会を通して、次第に「ユダヤ人の」ではなく個々人と家族の物語が多様に浮かび上がる。凄絶(せいぜつ)な体験をいかに抑圧し彼らが生き延びてきたか。80年近くを経てなお著者との会話や「二〇九番地」再訪で生々しく蘇(よみがえ)る記憶や感情の横溢(おういつ)に胸が詰まる。
 『生き急ぐ』の著者も家族を理不尽に奪われる耐え難い痛みを生き抜いてきた。41歳の伴侶を襲った1999年の事故にバタフライエフェクト的につながるあの日のあの行動を退ける何かを、21の「もしも」と二つの「なぜ」の自問で探し求めながら。それはいわば個人的な喪の儀式だが、「この家を買っていなければ」「その話を母にしていなければ」「日本の公道では禁止された車種がなぜ欧州に」などの仮定や疑問はそれぞれ、都市部の家屋購入による「階級上昇」、家族間の承認欲求、営利主義などの社会的背景を孕(はら)んでいる。
 2冊に共通の一種のサスペンス、家や家族を中心に交錯するミクロとマクロの視座は、個人の苦悩への共感や様々な社会的考察と認識を促す複雑な読後感を醸し出す。
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Ruth Zylberman 1971年パリ生まれのドキュメンタリー映画監督、文筆家▽Brigitte Giraud フランスの作家。