「法の人類史」書評 社会のビジョンを提示する役割

ISBN: 9784309231655
発売⽇: 2024/12/03
サイズ: 14.8×21cm/376p
「法の人類史」 [著]フェルナンダ・ピリー
法は、社会秩序を守る上で欠かせないとされている。では、それはどこから生まれたのか。古代ローマから近代ヨーロッパに至る法の支配の歴史は有名だが、西洋以外でも様々な社会が法を作ってきた。本書は、従来の西洋中心的な見方を改め、法の世界史を展望する。
本書によれば、今日の法にはメソポタミア、インド、中国という3つの源流があった。何かと特別視されがちなローマ法は、実はメソポタミアの伝統に属する多様な法の1つであり、ユダヤやイスラムの法と同系統に属する。また、法が支配者を縛るのもローマ法の専売特許ではない。インドではヒンドゥーの法を司(つかさど)るバラモンが王の権力に制限を加えた。中国のように、皇帝は法に縛られないとするモデルは、むしろ例外なのだ。
さらに本書は、法には実用的な目的だけでなく、社会のビジョンを提示する役割もあると指摘する。例えば、ハンムラピ法典の「目には目を」の原則は、実際の紛争解決には用いられず、むしろ正義の実現を約束したものだった。インドの法が義務を、中国の法が刑罰を重視したことの背景にも、一定の社会のビジョンがあった。興味深いことに、これと似た発想を採用しているのが現代の国際法だと本書は言う。その役割は、主権国家を統制することよりも、人権や民主主義の理念を広めることにあるのだ。
以上の見方は、日本の法を理解する上でも参考になる。例えば、日本では戦力不保持を定めた憲法9条が根強く支持される一方で、条文自体は柔軟に解釈され、自衛隊の存在も広く受け入れられてきた。こうした態度は、法の役割を空洞化させるとして批判されることもある。だが、多くの日本国民にとって、憲法は単なる権力への歯止めではなく、平和主義のシンボルなのだろう。その現実を直視することなく、ただ安全保障上の必要性を説くだけでは、今後も憲法改正は強い反対に直面し続けるに違いない。
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Fernanda Pirie 英オックスフォード大法人類学教授。インド山岳部やチベットの草原で現地調査。弁護士経験もある。