地球惑星科学を専門とする研究者から作家に転身、という異色のキャリアを持つ著者の第一七二回直木三十五賞受賞作だ。科学とは縁がない(と思っていた)人が、科学を愛好する人と出会い対話することで、それまでとは異なる角度から人生を見つめ直し、新たな一歩を踏み出していく。SFではないあり方で、科学知識と人間ドラマを融合させた一話独立短編シリーズの第三弾と位置付けることもできる。ただ、過去二作(『月まで三キロ』『八月の銀の雪』)に比べると、「まち」への想像力がグッと強まっている。
第一編「夢化けの島」は、山口県の小島・見島(みしま)へ地質調査にやって来た研究者の女性が、この地で採れる特別な赤土を探す男と遭遇する。主人公は科学知識を、男は赤土にまつわる伝承を渡し合うことで、島の秘密に辿(たど)り着く。風景描写、特に地形描写が濃密で、登場人物たちと一緒に島を旅したような感覚も味わえる。
第二編「狼犬(おおかみけん)ダイアリー」は奈良県の東吉野村、第三編「祈りの破片」は長崎県長与町、第四編「星隕(お)つ駅逓(えきてい)」は北海道の遠軽町、表題作となる第五編は徳島県の南東部に位置する架空の阿須町。収録作はいずれも地方を舞台に据え、それぞれの地域の歴史と伝統が、科学によっていかに作られ支えられてきたかを記している。そして、現代を生きる人々が、科学知識や科学的思考を用いて、歴史や伝統を未来へ繫(つな)げようとする姿を描く。その試みは、ままならない現実に縛られ見えづらくなっていた己の未来を回復させることと同義だ。科学知識と人間ドラマに、「まち」への想像力が融合している。
科学と文学は、実はこんなにも相性がいい。今はまだ独創性が高い新商品として売れているが、この路線は近いうちに、文学の定番の一つとなることだろう。
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新潮社・1760円。24年9月刊。4刷8万5500部。「読者は小学生から高齢者まで幅広い。人生への肯定感や、子ども時代の好奇心を取り戻せることも愛読される理由では」と担当編集者。=朝日新聞2025年2月15日掲載
