ガザ戦争については、2023年10月以降多くの本が出版されている。だが、中東と中東欧の歴史を交錯させてパレスチナ問題を論じた本は、初めてだろう。パレスチナで起きていることと、ドイツ、ポーランドでのユダヤ人を巡る問題を結びつけ、ガザ戦争の背景にヨーロッパ入植植民地主義を見る。
岡がガザ攻撃をジェノサイドとし、人間存在を巡る普遍的価値観の否定と断罪するのに続いて、藤原がドイツはナチという「過去の克服」をできていない、と指摘する。ホロコーストを「唯一無二の悪」視することで、イスラエルのパレスチナへの暴力には目を背ける、と。
ポーランド研究者の小山は、ウクライナやポーランドなど東欧でのユダヤ人迫害がシオニズムへとつながることを述べる。興味深いのは、これら東欧の二国もイスラエル同様、祖国喪失・不在に立ち向かう祖国愛を鼓舞する国歌を持つことだ。ヨーロッパの帝国主義化の過程で、大国の領土的野心に挟まれた東欧では、シオニズムも含めて民族運動が暴力化し、「流血地帯」化していく。ポーランドにマダガスカル植民地化構想があったとは、知らなかった。
本書に通底するのは、なぜ人間がここまで暴力化し、他者を非人間化し、追放してまでその地に住み着いて(入植して)よい、と当たり前のように思えるようになってしまうのか、という強い疑問だ。パレスチナや「流血地帯」だけではない、日本もまた、暴力化や虐殺、排除思想と無縁でなかった。
ガザ戦争の本当の怖さは、そこにある。「あらゆるネーションのフォーマットのなかに(暴力的な)ボタンがあ」り、「ふつう押してはいけないと多くの人が感じている」のだが(小山)、今我々はイスラエルが押してしまったことを見た。そしてトランプ下のアメリカが、堂々と押そうとしている。
本書が売れているのも、怖さを漠然と感じる読者が、「解」を求めているからではないか。
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ミシマ社・1980円。24年7月刊、6刷2万部。担当者は「私たちは歴史の学び方を根本から間違えていたのではないか、と歴史学者自らが反省し、対話した真摯(しんし)な言葉だからこそ、幅広く届いているのでは」と見る。
