
高校を舞台に漫画を描く理由
―― 縦スクロール漫画『氷の城壁』でデビューされた阿賀沢さん。『氷の城壁』『正反対な君と僕』と2作続けて高校を舞台にされたのはなぜですか。
自分が描きたいテーマの舞台として、ちょうどいいのが高校だったんです。中学生だとまだ子どもで、門限があるなど、できないことが多すぎるし、大学生は自由過ぎて、そこまで合わない人と無理に付き合う必要もないじゃないですか。
その点、高校生は自由がありつつも、まだ世界が狭くて、タイプの違う人と交わらざるを得ない。精神的に未熟な者同士の関係性を描くので、大人同士のドロドロに比べたら、多少不穏な感じになってもあたたかく見ていられるというのがありますよね。描きやすいし、読みやすいのが高校生かなと。
―― 読者対象としてどのくらいの年齢を想定していましたか。
『氷の城壁』は縦スクロール漫画だったこともあって、10代を狙って描いていたんですが、「ジャンプ+」で描くことになったとき、読者の平均年齢が意外と高そうだとわかったので、10代向けというよりは、大人がほっこり見られるような学生生活を描こうと決めました。

前作より明るくポップな感じにしたのも、大人の読者が楽しく読めるようにしたかったから。負の感情ばかりで読んでいて疲れる展開になると、大人の読者はすっと離れていってしまう気がするんですよね。なので、内容が暗くなったり真面目になりすぎたりしたら、担当さんに指摘してもらって、なるべく明るくなるよう軌道修正しながら描いていきました。
――『氷の城壁』では、高校生たちが恋愛や友情を通して自分と向き合い、前向きに変わっていく様子を描いていました。『正反対な君と僕』で一番描きたかったことは何ですか。
描きたかったことは『氷の城壁』と近いですね。カップルを描いているからといって、最終回で時間を飛ばして結婚式のシーンが始まってめでたしめでたし……みたいなのは違うと思うんです。付き合っていても、二人がめちゃめちゃ共依存みたいな関係だったらハッピーエンドにはならないですし。

極端な話、もし別れてしまったとしても、それぞれ幸せな人生を送れるような人になっていたら、物語としてはそれでいいかなと思っていました。だから私の役目は、恋愛や友情を通して、それぞれのキャラたちを成長させていくことだと思っていて。
人前で弱音を吐けなかった子が弱音を吐けるようになったり、ポジティブな彼氏にただ救われているだけの状態だった子が、自分で考えて気持ちを伝えられるようになったり……高校生の恋愛を描いてはいるんですけど、どの子にも個として自立してほしい、という気持ちで描いていましたね。
―― 子の成長を見守る親のような視点ですね。
そうですね、かなり親目線。自分の10代の思い出は遠ざかっていくばかりなので、当事者目線ではないですね。当時のチクチクした記憶はできれば忘れずにいたいんですけど、月日とともに美化されつつあって、まずいなぁと思ったりもしています。
人間関係の楽しさもしんどさも
――目立つ女子の鈴木と地味で真面目な男子の谷という組み合わせはどういう狙いで作ったのでしょうか。
もともと『氷の城壁』の宣伝としてネットに漫画を1本あげたくて、『正反対な君と僕』を読み切りで描くことにしたんですね。当時のTwitter(現X)で、「クラスのギャルがなぜか陰キャの僕に話しかけてくる話」みたいな漫画が流行っていたので、その流行りに乗っかればバズるかなと思って。
ただ、そのままの設定で描くのは自分には向いていない気がしたので、絡まれる僕側の視点ではなく逆の視点、ダル絡みするギャル側から描いてみることにしたんです。結局描いてるのは思春期感情モノなんですけど、流行りの漫画の振りをしたかったという感じです。

―― キャラクター一人ひとりの心の内がとても細やかに描写されていますが、それぞれの考え方や悩みなどは、どのように深掘りしていくのですか。
よくインタビューなどで「どのキャラが自分と一番近いですか」と聞かれるんですけど、この子はまさに自分、みたいなキャラはいないんです。自分自身は正直もっと邪悪な10代だったので、むしろこの世界には入れたくないなと思ってて(笑)。
でも、それぞれのキャラの部分部分では、自分が抱いたことのある感情を入れることもありますし、逆に自分とは全然違うタイプの人を思い浮かべて、あの人ならこう考えそう、と想像して描くこともあります。
自分の中にある考えとか、実際に誰かが言っていたこと、あの人なら言いそうとか、そんな感じでなるべく現実にありえる感情を描くようにはしていますね。そうすれば、この世に存在しない思考回路にはならないだろうし、誰かしらに共感してもらえるんじゃないかなと。

―― 人と人とが関わり合う中で自分と向き合って、他者を知って、世界を広げて成長していく……その姿が丁寧に描かれているのが阿賀沢さんの漫画の魅力だと思いますが、阿賀沢さんご自身は、人間関係で苦労されたことはありますか。
苦労したというよりは、考えてこなさすぎたな、というのを大人になって実感したんですよね。空気とか全然読めないタイプなので、もっと周りをよく見て、人の考えを察しないとまずいなと社会に出てから思うようになって。
それで、どうしてこの人はこう思ったのか、この人はなぜここに行きついたのか、みたいな人の行動の理由付けを逆算して考えるようになったんです。私の漫画は感情の描き方がわりと理屈っぽいんですが、それは私が大人になってから人の感情を理屈で考えて理解するようになったからかなと思っています。

―― 人と関わり合うことはある意味少し面倒なことだったりもしますが、『氷の城壁』や『正反対な君と僕』には、そんな面倒くささの先にある喜びが描かれているように感じます。阿賀沢さんご自身は、人と関わることは好きですか。
好きですね。ただ特に社交的でもないし、トークも得意ではないから、誰とでもすぐ仲良くなれるようなことはなくて。みんなでわいわいする楽しい雰囲気も好きだし、人間関係で悩むしんどさもわかるので、そこはわりと、描いている漫画と私自身が近い気がしますね。
―― 2作とも高校生の恋愛を描きつつも、自意識や自尊心といった普遍的な題材を扱っているので、その点も幅広い読者の共感を得た理由かなと思います。阿賀沢さんご自身もこれまでの人生の中で、だめな自分やかっこ悪い自分と向き合った経験がありますか。
ほんともう、そんなことの繰り返しですよ(笑)。でも大人になると、自分が向いていないことはしないで済む世界を選択できるようになるじゃないですか。直さなきゃいけない部分は直すけど、自分が迷惑かけすぎる場所や居づらい場所からは離れればいい。だから、物語の中の高校生たちほど自分と向き合ってはいないんですけど、わりと考えることは多い方だと思います。
心に刺さる台詞はどう生まれたのか
―― 高校生たちの日常の中に、ふと心に刺さる深い台詞や考えさせられるシーンが登場するのも、阿賀沢さんの漫画の魅力です。『正反対な君と僕』の終盤には、こんな名言がありました。
名前のある行事でもなければ 勲章のように残ることもない
「くだらない」「無駄な時間」が心を彩ることがある
それは小さな幸せを 拾い上げられるような
心の余裕が 本人にあればこそである『正反対な君と僕』8巻より
私自身、高校時代に部活で活躍したとか、賞をとったといった特別な経験があるわけでもなくて、思い出といえば友達としゃべってて、あのときはほんとに笑ったよなあとか、そんなたわいもないことばかりなんですよね。でも、そういうことこそ幸せだったよなと思っているので、自分の価値観をそのまま表現したという感じです。もちろん、「~あればこそである」みたいな硬い文体で考えているわけではないんですけどね(笑)。
――『正反対な君と僕』では、会話のノリやテンポのよさ、すばやいツッコミなども冴えわたっていました。笑いのセンスはどのように身につけたんでしょう?
関西で育ったので、土地柄か周りに愉快な人がたくさんいて、誰かがふざけたら絶対ツッコミを入れる人がいたんですよね。そもそもふざけ方がツッコミありきというか。漫才もよく見ますし、早めの会話のラリーが結構好きなので、そのあたりの影響はあると思います。

―― 阿賀沢さんはボケかツッコミかでいうと?
ツッコミはあまりできないですね。拾ってくれる人がいるときに、ぶつぶつとふざけたことを言うぐらいで。漫画の場合、ツッコミが答えだとしたら、答えを知っている状態でボケを言わせているから描けるんですけど、ツッコミは難しいんですよ。拾う側の方が脳を使うので。リアルな会話の中で拾いにくいボケに即座にツッコめる人は、本当に頭の回転が速い人だなって思います。
―― 影響を受けた漫画や好きな漫画家さんはいますか。
好きな漫画家は矢沢あい先生です。子どものときに『NANA』を読んで、「この人の漫画を他のも読みたい」と初めて思ったのが矢沢先生で。『ご近所物語』『下弦の月』『Paradise Kiss』など、全部を買うことはできなかったので、友達から借りたりしながら読み漁りましたね。
絵柄で影響を受けているなと感じるのは、小学生の頃に繰り返し読んでいたギャグファンタジー漫画『魔法陣グルグル』。人間をデフォルメして描くときは頬が丸ければ丸いほどかわいいと思っているんですが、それは子どものときに『魔法陣グルグル』を見て過ごしてきたからかなと思っています。
『魔法陣グルグル』では、恋愛でいい雰囲気のシーンになると、ギップルという妖怪が嫌な顔で登場して茶化してくるんですね。私も甘すぎるシーンは照れくさくなって、告白のシーンでうるさいトラックを突っ込ませたりしていて。いいシーンを自分でぶち壊したくなっちゃうところとか、魂レベルで影響を受けている気がしますね(笑)。
――『氷の城壁』と『正反対な君と僕』の最終巻が刊行され、まもなく初の展覧会「正反対な君と僕展」が東京と大阪で開催されます。さらに『氷の城壁』も『正反対な君と僕』もアニメ化決定と、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの阿賀沢さんですが、今後の連載のご予定は?
連載が終わったらニートみたいになるのかなと思ったら、それなりにやることがあったので、しばらくは邪魔にならない程度にアニメ制作と向き合いつつ、穏やかに過ごせたらいいなと思っています。連載はものすごく体力がいるので、整えてから臨みたいなと。描きたいものが形になってきたら描くので、そのときはまたよろしくお願いします!
