- 『近代日本の対中国感情』 金山泰志(やすゆき)著 中公新書 946円
- 『リンカン 「合衆国市民」の創造者』 紀平英作著 岩波新書 1100円
子どもの頃に読んだ本のワンシーンを何かの拍子に思い出すことがある。普段は意識しなくても、小さい頃の読書体験の影響は根深いものだ。中華料理や麻雀(マージャン)など生活に身近な素材から近現代日本の中国観を解明してきた日本近現代史家による(1)は、明治~昭和戦前期の少年雑誌の挿絵や漫画、写真などに描かれた中国人のビジュアル表現に注目し、民衆の対中国感情を分析する。愛国心の鼓舞によって、同時代の中国人への蔑視表現は強まる。一方で、日本文化に深く入り込んだ古典世界の中国偉人(孔子や関羽など)への尊敬と好意は決して衰えることはなかった。この複雑な対中国感情の解明は、日本人自身を知ることにつながるのだろう。
子ども向けの偉人伝の定番が、アメリカ大統領リンカン(リンカーン)だ。開拓農民の家に生まれ、独学で立身して大統領に上りつめ、南北戦争という内戦の最中1863年、奴隷解放宣言を出した。今も続くアメリカの人種問題の淵源(えんげん)を独立以来の奴隷制廃止の議論に探ってきた歴史家による(2)は、新たな通史にリンカンを位置づける試み。内戦開始まで南部奴隷制の廃止には踏み込まなかったリンカンは、内戦の長期化とともに思想的変化を遂げ、奴隷制廃止を決断し、廃止後の新しい社会を構想した。社会的公正のために変化を恐れなかった思索的な国民指導者の姿を描く。民主主義の生き残りと政治の役割が問われる今日、大人がリンカンを読みなおすための評伝だ。=朝日新聞2025年3月15日掲載
