九段理江さん「東京都同情塔」どんな本? 「5%ぐらいは生成AIの文章」芥川賞受賞時の発言が話題に

『東京都同情塔』は2024年1月刊行。白紙撤回されたザハ・ハディド氏デザインの国立競技場が建築され、2020年に東京オリンピックが開催された後という設定で、あり得たはずの近未来の東京を描いています。
ザハの国立競技場が完成し、寛容論が浸透したもう一つの日本で、新しい刑務所「シンパシータワートーキョー」が建てられることに。犯罪者に寛容になれない建築家・牧名は、仕事と信条の乖離に苦悩しながら、パワフルに未来を追求する。ゆるふわな言葉と実のない正義の関係を豊かなフロウで暴く、生成AI時代の預言の書。『東京都同情塔』 九段理江 | 新潮社
作家の古川日出男さんは、「好書好日」に掲載された朝日新聞「文芸時評」で「あらゆる差別を検閲しようとするこの“現代”とは何か、を真剣に考察する行為こそが人びとを検閲と差別に駆り立てるとの実相を体感的に理解させる」と評しています。
新国立競技場はザハ・ハディド案を白紙撤回することで現在の東京に建ったが、しかし作品内では「ハディドの国立競技場」が建ち、そこに三十代後半の建築家の女性が新しい塔を――国立競技場の真北に――調和させて建てようと試みる。建築家の戦闘的な言説に、さらに複数の語りのテキストが増築されて、異様な巨大さでこの中篇(ちゅうへん)は迫る。客観的な描出 神の視点さえも、人間が創造 古川日出男〈朝日新聞文芸時評23年11月〉
翻訳家の小澤英実さんは、「好書好日」に掲載された朝日新聞書評で「未来を現在の時間の先ではなく、現実の場所の中に二重写しにして見せている」と分析しています。
特権や不寛容が糾弾され、多様性の受容と平等主義が暴走する。言葉狩りや検閲が加速する一方で、生成AIの無機質な文章やカタカナ語の増殖が言葉の意味を上滑りさせていく。言葉と人間の関係性が決定的に変容しつつある、そんな私たちの未来の景色を、ザハ・ハディド設計の国立競技場が建つありえたかもしれない東京に描いていく。「東京都同情塔」書評 驚異のバランスで立つ言葉の塔|好書好日
翻訳家・文芸評論家の鴻巣友季子さんは「好書好日」の連載「鴻巣友季子の文学潮流」で、「図抜けた才能をもつ女性に石を投げ、罰し、排斥しようとする「魔女文学」の系譜にも当たる」と評しています。
九段理江が『東京都同情塔』で描きだす魔女牧名沙羅は、だれも取り残さない平等社会を目指すなかで、ある種の”言語障害”に陥る。『ハリケーンの季節』で共同体の記憶と意識が集合化するのと正反対に、『東京都同情塔』で言語は離散し、日本語とその話者の無思考性も指摘される。「君たちの使う言葉そのものが、最初から最後まで嘘をつくための積み上げてきた言葉なんじゃないのか?」と。そう、本作はバベルの塔の再崩壊の物語とも言えるのだ。鴻巣友季子の文学潮流(第10回) 芥川賞作品「東京都同情塔」を魔女文学として読むと|好書好日
『東京都同情塔』は第170回芥川賞を受賞しました。2024年1月17日にあった選考会後の記者会見では、九段さんが「今回の小説は、全体の5%ぐらいは生成AIの文章を使っている」と発言したことが大きな話題となりました。
九段さんはその後の朝日新聞の取材で「5%という数字がとっさに口から出ましたが、実際にAIの文章を活用したのは、単行本143ページ中、1ページ分程度です」と説明しています。
受賞作は近未来の東京が舞台。「AI-built」というChatGPT(チャットGPT)を思わせる生成AIが登場人物の問いかけに答える場面がある。「そこは、実際に私がAIに質問して返ってきた答えを参考にしました。会見で『そのまま使った』と言いましたが、AIの文章をそのまま貼り付けたわけではありません。まだ作品を読んでいない人にも伝わるように説明した方がよかった」
ただ、AIは参考文献の役割を果たしていた。「この小説は、AIが人間に与える影響を書いている。生成AIが思考のサポートまでしてくれている世界を意識しながら書きました」。奏でるより文字「早撃ち」、痺れるねぇ 九段理江さん、芥川賞受賞エッセー:朝日新聞
なお、九段さんは2025年3月発売の雑誌「広告」に「95%をAIで書いた」という小説「影の雨」を発表しました。