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「これからの社会を考えるための科学講義」/「科学を否定する人たち」 市民と共に 専門知識を踏まえて 朝日新聞書評から 

評者: 隠岐さや香 / 朝⽇新聞掲載:2025年05月31日
これからの社会を考えるための科学講義: 天と地と人のあいだで 著者:池内了 出版社:青土社 ジャンル:科学・テクノロジー

ISBN: 9784791777013
発売⽇: 2025/02/26
サイズ: 13.2×19.1cm/288p

科学を否定する人たち: なぜ否定するのか? 我々はいかに向き合うべきか? 著者:ゲイル・M. シナトラ 出版社:ちとせプレス ジャンル:人文・思想

ISBN: 9784908736391
発売⽇: 2025/03/14
サイズ: 12.8×18.8cm/312p

「これからの社会を考えるための科学講義」 [著]池内了/「科学を否定する人たち」 [著]バーバラ・K・ホファー

 池内了氏は、市民の目線に立って軍事研究や原子力発電の問題について発信し続けてきた科学者である。難病を告知されながらもまとめた『これからの社会を考えるための科学講義』は意外にも、著者が若い頃に尽力した保育所設立の試みから話が始まる。科学者としての半生やイーロン・マスクが手がける宇宙ビジネスなど話題が多岐にわたるが、白眉(はくび)は著者が市民と共に取り組んできた原子力発電の問題である。
 短期的な経済利益のための技術振興が、長期的には一部の人々に大きな犠牲を強いる結果になる。しかもそうした技術振興ほど、妙に政府からお金がつき、一度手を出した人はやめられなくなる。原発はその事例であるが、最近だと、軍事も視野に入れた「安全保障」関連研究がそうなりそうだと著者は述べる。
 日本では「科学」の役割が狭く限定され、市民と科学者の協力が阻まれやすい。たとえば、原子力規制委員会は原発の技術面だけを考えて、原発事故の避難計画を考えなくてよいとされた。そして住民の声を取り入れた施策を支持する研究者は、政府方針を支持する研究者からバッシングを浴びせられ排除されてきた。
 こうした日本の現状について考えるにあたり、米国の心理学者G・M・シナトラとB・K・ホファーによる『科学を否定する人たち』が参考になるかも知れない。本書は情報過多で戸惑う一般市民から、科学教育に携わる教師まで、幅広い人に向けた実践的な内容を目指している。それでいて「科学は絶対に正しい」と一方的に主張する書ではない。
 著者らによると、人の認知発達には「これが絶対に正しい」と白黒つけたがる絶対主義、「すべての主張は等しく妥当だ」とする多元主義、そして専門知識を踏まえながらも文脈に応じて不確実性を認めたり、多様な視点を考慮したりできる「評価主義」の三段階があるという。そして科学教育はこの評価主義思考の獲得を目指すべきだとされる。
 本書は宗教的背景により進化論や気候変動を否定する人が多い米国に合わせて書かれており、日本には該当しない事例も多い。だが、日本社会の現状を考える材料を提供してくれる。
 たとえば、科学の役割を狭く限った上で異論を受け付けない態度は、科学的というよりは「絶対主義的」かもしれない。また、もしもメディアが証拠を踏まえて検証された科学的知見と、純粋に政治的な主張とを常に「両論併記」していたら、多元主義に陥り議論が進まないだろう。二つの本からは、私たちの社会の課題もよく見えてくる。
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いけうち・さとる 1944年生まれ。総合研究大学院大、名古屋大名誉教授▽Gale M. Sinatra 南カリフォルニア大教授。Barbara K. Hofer ミドルベリー大名誉教授。