
ISBN: 9784065393253
発売⽇: 2025/04/10
サイズ: 13.1×18.8cm/256p
「黒いイギリス人の歴史」 [著]平田雅博
「黒いイギリス人」。もし、この語に多少なりとも違和感をもったとしたら、自らの中に思い込みがあるのではないかと自問してみよう。イギリス人は「白い」はず……との偏見を正す第一歩となるからだ。とはいえ、当のイギリスにおいてすら、「黒い」という形容詞を付けるのは長い間「奇妙」なことだったという。実際、ようやく第2次世界大戦後に「黒いイギリス人」の存在が認められた。それも、国内の一部に認められたにすぎないというのだから、驚きだ。
本書が一般的な通史と異なる点は二つ。①古代ローマ・ブリタニアの黒人から論じる長期的視野。②「在英黒人」だけでなく、イギリス植民地下の「黒いイギリス人」を射程に収める空間的視野。スケールの大きな歴史叙述の白眉(はくび)は②だろう。
例えば、西インド諸島から連れてこられた1万人以上の黒人奴隷たち。渡英後は奴隷でなく自由身分なのかで、対立する二つの判決が下る。本書は人種と人権の間の鋭い緊張を見逃さない。
圧巻は、アメリカ独立戦争に参加し英国王室に奉仕した黒人王党派たちの存在に注目した点だ。戦後に彼らを待ち構えたのは過酷な現実だった。参戦と引き換えに得た自由は貧困とセット。程なく多くの貧民が西アフリカのシエラレオネに移送された。戦争協力の陰に隠された人種隔離という闇を突く。
1838年の奴隷制廃止後も差別は残存。白人の人種的優位性を主張する科学主義さえ台頭した。大戦に動員されるも、戦勝パレードへの参加は認められず戦後も冷遇……。来たる抵抗への道筋が克明に描かれる。
歴史史料の多くは政府など権力側の記録だ。不都合な事実は消去され、もはや復元できない過去さえある。だが本書は、限られた史料から、声なき声を拾い上げ、断片を繫(つな)ぎ、黒人の主体性をも詳(つまび)らかにした。消えかけた歴史の一端を再現する試み。深く嚙(か)みしめたい。
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ひらた・まさひろ 1951年生まれ。青山学院大名誉教授。著書に『イギリス帝国と世界システム』『英語の帝国』など。