御厨貴さん(東京大学名誉教授)
①日本史教科書検定三十五年(照沼康孝著、吉川弘文館・2420円)
②内調 内閣情報機構に見る日本型インテリジェンス(岸俊光著、ちくま新書・1540円)
③宮内庁長官 象徴天皇の盾として(井上亮著、講談社現代新書・1210円)
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職業は色々だ。①は教科書調査官の淡々とした回顧録。つい先ごろ亡くなった。遺言ともいうべし。適切な日本史教科書はいかにあるべきか。著者のモノトーンの告白の魅力はここにある。声低く語るという点では②も同じ。こちらは内閣情報機構の知られざる歴史を、一人の調査官の膨大な日記から解き明かす。思わぬ文化人、知識人との出会いに驚く。人は語らずして何かの職をこなしているのだ。②も③も元新聞記者の手になるものだ。③は今話題の皇室問題のオモテを仕切ってきた歴代の宮内庁長官の姿をあぶり出す。「公僕」と「皇僕」の間とは、言い得て妙だ。しかも長官職にはその人の人生全てが集約されている。
人は職に作られ、職を作る。
望月京さん(作曲家)
①世界の果てまで行って喰(く)う 地球三周の自転車旅(石田ゆうすけ著、新潮社・1760円)
②遠い太鼓(村上春樹著、講談社文庫・990円)
③饗宴/パイドン(プラトン著、朴一功訳、京都大学学術出版会・4730円)
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思考力も衰えそうな暑い夏、できるだけ楽しく視野を拡(ひろ)げたい。
①は著者が20代後半から7年半をかけた世界一周を中心とした自転車紀行。生身での移動ゆえに体感される風土や文化の連続的変化が興味深い。各地のワイルドな食に驚き、笑い、時々ほろり。②は40歳を前にした著者の3年間にわたるギリシャ・イタリア滞在記。留学当時、貪(むさぼ)るように読んだが、今読み直しても面白い。③はこの翻訳で初めて人がなぜ「創作」するのか、それに愛がどう関係するのか腑(ふ)に落ち衝撃を受けた(「饗宴〈きょうえん〉」)。2300年以上前のギリシャの人々、母国では考え難い理不尽をほがらかに乗り越える30~40年前の若かりし日本人著者たちの思考と精神は、今なお有効な生のヒントを与えてくれる。
安田浩一さん(ノンフィクションライター)
①日本で働く 外国人労働者の視点から(伊藤泰郎・崔博憲編著、松籟社・2860円)
②それはわたしが外国人だから?(安田菜津紀著、金井真紀絵・文、ヘウレーカ・1980円)
③日本人が移民だったころ(寺尾紗穂著、河出書房新社・1980円)
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「移民」をめぐる議論が喧(かまびす)しい。ネットで、路上で、差別と偏見に満ちた言葉が飛び交う。恐ろしい。すでに日本の生産現場は移住労働者にどっぷり依存している、という現実が伝わってくるのが①だ。生産現場などで働く外国人の視点を通して、都合よい〝働かせ方〟だけを模索する日本社会の欺瞞(ぎまん)が浮かび上がる。
②は、そうした環境を生み出している日本の制度的差別に焦点を当てた。入管政策に翻弄(ほんろう)される海外ルーツの人々への取材を重ね、排除なき社会を訴える。平易な文体は若年層にもオススメだ。そして、そもそも日本は移民の送り出し大国だった事実を伝えるのが③。日本人移民の激しい生きざまに息をのむ。昔も今も、日本は間違いなく「移民社会」なのだ。
横尾忠則さん(現代美術家)
①蔦屋重三郎と浮世絵 「歌麿美人」の謎を解く(松嶋雅人著、NHK出版新書・1265円)
②昭和歌舞伎 女方小説集(中村哲郎編、中公文庫・1100円)
③俺は100歳まで生きると決めた(加山雄三著、新潮新書・836円)
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『蔦屋(つたや)重三郎と浮世絵』は、蔦屋の卓越したプロデュース手腕によって、それまでの日本文化のファンタジーを歌麿、写楽がリアリズムに変えてしまった事実を、著者の松嶋雅人が徹底的に検証していく手腕が見事。次の『昭和歌舞伎 女方小説集』は網野菊、三島由紀夫、円地文子による、世界の演劇でもまれな歌舞伎の女方を描いた文学を収録。まだ読んでいない三島の「女方」は読者とともにこの夏愉(たの)しみたい読み物である。『俺は100歳まで生きると決めた』は加山雄三の自伝エッセイ。まさか俳優、歌手になるとは思わなかったというが、度重なる病気、ケガや借金を克服し、運命に従って生きる加山の波瀾万丈(はらんばんじょう)の人生は実に爽やか。カミさんは神様であった。
吉田伸子さん(書評家)
①日本国憲法(小学館アーカイヴス・990円)
②新装版 矢沢永吉激論集 成りあがり How to be BIG(矢沢永吉著、稲越功一写真、角川文庫・858円)
③残穢(ざんえ)(小野不由美著、新潮文庫・781円)
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①は、小学校の入学式で全児童に配布すべきだと個人的に思っている一冊。初版が出たのは1982年、今から40年以上前。憲法の条文に写真を組み合わせて編む、というその発想の斬新さ、柔軟さにわくわくしたことを覚えている。今夏に限らず、折々に読み返したい。②は、夏といえば永ちゃん!(個人的な意見です)。先日たまたまTVで永ちゃんのステージを見たんですが、いやもうね、めちゃめちゃカッコいいんですよ。首からタオル下げて永ちゃんのライブ行きたい! ちなみに、①と②は、どちらも元小学館の編集者である故島本脩二氏が手がけたもの。③は、超弩級(どきゅう)に怖い怪談小説。読んでいる間、何度も後ろを振り返りたくなります。
