秋山訓子さん(朝日新聞社編集委員)
①盲導犬大百科 全3巻(日本盲導犬協会監修、ポプラ社・各3080円)
②苦海浄土 全三部(石牟礼道子著、藤原書店・4620円)
③戦争は女の顔をしていない(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、三浦みどり訳、岩波現代文庫・1650円)
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身過ぎ世過ぎで荒れた心を修復し、じっくり歴史に向き合いましょう。
心がすさむと、盲導犬の本を読む。相手を信頼する心、責任感、自分の役割への自覚……。「良い話」にとどまらず、我が身を顧みさせられる。①は子ども向けだが、大人も十分楽しめる。②は、言わずと知れた名作。水俣病への事実誤認、政治家や官僚の不誠実な態度がいまだに続く。この本にも、若き日の橋本龍太郎氏のエピソードが。とんでもなく悲惨なことが、とんでもなく美しく書かれている。
③もノーベル賞を受賞した著者の名著。第2次世界大戦の独ソ戦で従軍した女性500人超の証言をまとめた。戦争は勝ち負けに関係なく誰も幸福にせず、身体と心の傷は癒えることがない。
有田哲文さん(朝日新聞社文化部記者)
①小松左京セレクション 1 日本(小松左京著、東浩紀編、河出文庫・1045円)
②日本発狂(手塚治虫著、秋田書店・990円)
③小田嶋隆のコラム道(小田嶋隆著、ミシマ社・1650円)
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①はSFの巨匠小松左京の作品集。傑作ぞろいだが、なかでも「戦争はなかった」は衝撃。ともに空襲を生き延びた旧友たちの記憶から、あの戦争が完全に消えている。書店からも戦争文学がきれいになくなっている。これは何かの策略なのか。優れたSFは社会批評になる。
②は手塚マンガには珍しい幽霊もの。霊界からの交信などはオカルトチックだが、死後の世界でも続く戦争の悲惨さや独裁政治の過酷さなど、この世の問題がちりばめられる。手塚らしさが凝縮された名品。
③は今は亡き名コラムニストの文章術。書き出しが全てを決めるなんてウソ、コラム書きには見世物(みせもの)芸人の意地がある――。ノウハウやテクニックを超え、物書きの精神のあり方に及んでいる。
竹石涼子さん(朝日新聞社くらし科学医療部記者)
①謝罪論(古田徹也著、柏書房・1980円)
②電柱鳥類学(三上修著、岩波科学ライブラリー・1430円)
③世界の朝ごはん 66カ国の伝統メニュー(TASTE THE WORLD監修、パイ インターナショナル編集刊行・2035円)
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謝ってもモヤモヤ、謝られてもイライラ。①を読むと、その理由が見えてくる。なんのための謝罪なのか。謝罪の意味を考えたくなる1冊。
②によれば、鳥が電線に出合って170年あまり。少なくとも133種の鳥が電線に止まった。止まり方も頻度も様々。電線地中化で電柱が消えると、巣作りできずに個体数が減る可能性もあるという。読後は、電線を見上げる機会が増えること必至。くれぐれも足元にご注意を。
③は、写真で楽しむ世界の朝ごはん。レシピはなく、カラーで明るい写真がメイン。お国柄や料理を説明するコラムも楽しい。残りものアレンジ、火を使わない簡単メニューだって、王道の朝ごはん。自分のなかのタガを外せて、ごはん作りも気がラクになる。
加藤修「好書好日」編集長
①話はたまにとびますが 「うた」で読む日本のすごい古典(安田登著、講談社・1980円)
②能十番 新しい能の読み方(いとうせいこう、ジェイ・ルービン著、新潮社・3685円)
③CHANGE THE WORLD ①②(田川とまた著、小学館・各770円)
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夢枕獏さんの俳句や詩を、清元斎寿さんと清元栄寿太夫(尾上右近)さんが謡うのを聴きました。活字を目で追い、頭で理解したものをはるかに超える情景が呼び起こされ、その力に驚かされました。
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「能楽師にとって『和歌』といえば、何よりも『うたう』ものです」と書き出される①は、その喚起力の源に迫っていく軽やかな論考です。能楽師としての身体性と古典への博識さで本質に迫ります。②は10の謡曲を現代語訳し、さらに英訳しています。密度の濃い、奥深い言葉を、2人の蓄積のもとで再び文学に還元する試みです。「好書好日」の新連載「一穂ミチの日々漫画」で紹介した③は、演劇の魅力に漫画でどこまで迫れるかという情熱に満ちています。越境する挑戦はいずれも魅力的です。
中村真理子・読書面編集長
①カメオ(松永K三蔵著、講談社・1650円)
②うどん キツネつきの(高山羽根子著、創元SF文庫・1034円)
③雷と走る(千早茜著、河出書房新社・1540円)
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通常の書評はお休みして、特別企画として書評委員が選ぶ「夏に読みたい3点」をお届けします。
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夏は朝5時に犬に起こされて散歩へ。眠くても暑くても共に歩けば楽しい。小説も犬が出てくるとうれしい。①は芥川賞作家のデビュー作。クレーマー男が連れている犬こそ、この物語の主人公と言いたい。だらしなく座る姿が憎めず、おかしくも疾走感に満ちた中編。②の表題作は拾ってきた犬のようなものと家族の話。何の役にも立たないが、ずっと家にいる。それがいい。
③は日本から遠く離れた地で、家を守る大型犬と過ごした少女時代を思い起こす。「私の犬」と繰り返し呼ぶ声が胸に迫る。小説は個人的な語りから、生きていること、生きていくことをゆっくり考えさせてくれる。