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「魚の耳で海を聴く」書評 自然界が奏でる「オーケストラ」

評者: 田島木綿子 / 朝⽇新聞掲載:2025年07月26日
魚の耳で海を聴く: 海洋生物音響学の世界歌うアンコウから、シャチの方言、海中騒音まで 著者:アモリナ・キングドン 出版社:築地書館 ジャンル:科学・テクノロジー

ISBN: 9784806716839
発売⽇: 2025/04/29
サイズ: 13.5×19.6cm/360p

「魚の耳で海を聴く」 [著]アモリナ・キングドン

 海は「沈黙の世界」であるという認識が、約70年前に海洋探検家クストーが作った映画の題名も後押しして、広く定着していたようである。しかし、本書によってその認識は大幅に正され、実は海はとても騒がしく楽しそうなことを知る。
 一度定着してしまった概念を正すことの難しさも本書から学ぶ。海洋では視覚から入ってくる情報よりも聴覚からの情報が重要であり、太陽光が差し込んでいるのは海洋全体のわずか2%であることもその事実の理解を助けてくれる。
 海の中の「音」と言っても多種多様であり、音圧、音の粒子運動、音の振動などがある。親指大のテッポウエビがはさみを勢いよく閉じる時に出す時速97キロの衝撃波をはじめ、ムール貝、ホタテ貝、クジラなど生物が発する音から、波、風、地形など自然が発する音まで幅広く紹介される。水中の多くの動物が世界を学び、コミュニケーションを交わすために、音は無くてはならないものであることがわかる。
 一方、音の受け取り方は生物によって様々である。海の中では、我々のように耳を使って音を脳に伝達している生物ばかりではない。無脊椎(せきつい)動物には、毛がある細胞や関節の構造を使って音を感じるものがいる。魚類は耳にある石のような器官や身体の表面にある側線とで感じている。
 ヒト社会の産業や経済が躍進することで海の開発も盛んになる。そこから生まれる船舶、海底への杭打ちや軍事演習の音は「ノイズ」と呼ばれ、望まれない音、生物の重要な音響信号に干渉する音として海に流れ、悪い影響を与えている。
 生物が出す一つひとつの音を切り離して捉えるのではなく、総体的なサウンドスケープとして把握し、野生生物が自然界で奏でる「オーケストラ」を理解すること。それが海中ノイズ問題を解決する一つの糸口になるという著者の提言はとても新鮮であり、大いに賛同する。
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Amorina Kingdon カナダのサイエンスライター。デジタル・パブリッシング賞、ジャック・ウェブスター賞などを受賞。