ISBN: 9784103559511
発売⽇: 2025/05/29
サイズ: 19.1×2.1cm/328p
「皇后の碧」 [著]阿部智里
うわっ。思わず声が出そうになったのは最終盤の289ページ。なるほど、そう来るのか。いい、すごくいい!
その前段階、火の精霊であるフレイヤと、水の精霊であるティアの登場シーンも、心の中で快哉(かいさい)ものだったのだが、そこからの、この展開の鮮やかさたるや。
作者の阿部さんは松本清張賞を受賞した『烏(からす)に単(ひとえ)は似合わない』でデビュー。同書は、以後「八咫烏(やたがらす)シリーズ」として巻を連ね、シリーズ累計は240万部を超える。
その阿部さんが、コラムで「(デビュー以来)13年の私の経験を全て注ぎ込」んだ、と明かしたのが本書だ。登場するのは、世界の根源をなす四元素である風、土、水、火の性質をもつ精霊たち。もう、この設定だけでわくわくじゃないですか?
主人公は、火竜(ドラゴン)の襲撃によって、両親も故郷も焼き尽くされた、土の精霊ナオミだ。焦土に立ち尽くす彼女に手を差し伸べたのは、風の精霊である孔雀(くじゃく)王ノアだった。以後、ナオミは風の精霊たちが住まう「鳥籠の宮」に移り住むことに。
風の精霊たちのなか、土の精霊であるナオミは「土蜘蛛(つちぐも)」と蔑(さげす)まれることも。それでも、見習いから女官にあがり、務めに励む日々。そんな彼女の運命を変えたのが、風の精霊を統べる蜻蛉(せいれい)帝シリウスとの出会いだった。
かつてノアの妻だったイリスを強引に奪いとった過去のあるシリウスは、「鳥籠の宮」内で異質なナオミに目を向け、夜伽(よとぎ)に招く。そして「どうせなら本気で私の寵姫(ちょうき)の座を狙ってみないか?」と誘いかける。真意を測りかね、そのことを問うたナオミにシリウスは言う。気になるのなら、我が城、「巣の宮」でその謎を探ってみよ、と。
異なる属性の精霊たちが住まう「巣の宮」には、シリウスの皇后のイリスの他にも、前述のフレイヤ、ティアという寵姫がいて、ナオミは第三の寵姫候補となる。自分が選ばれた意味を探るナオミは、やがて「巣の宮」の秘密にも近づいていくことに。
本書で阿部さんが用いたのは、アール・ヌーボーの世界観。物語のディテールにちりばめられているその様式美も読みどころの一つ。もう一つは、「八咫烏シリーズ」にも通じる後宮ものの要素。いかにも曲者なフレイヤ、天然っぽいティア。誰を信じればいいのか、誰にも信をおいてはいけないのか。
物語の底にある透徹した作者の意図が、読んでいるうちにじわじわと響いてくる。壮大なシリーズ(になるはず!)の始動に立ち会えたことが、ただただ嬉(うれ)しい。
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あべ・ちさと 1991年生まれ。作家。和風大河ファンタジー「八咫烏シリーズ」で、2024年に吉川英治文庫賞を受賞。2作目の『烏は主を選ばない』はアニメやコミックにもなった。