村山由佳さん 母の支配から逃れるためのフィクション。「嘘」だから書けた本心。(第15回)
【今回のテーマ】 嘘
MCの劇団ひとりさん、WEST.の桐山照史さん、俳優の小野花梨さん、SUPER BEAVERの渋谷龍太さんとともに、言葉のプロとして参加した村山さん。この番組の意義はどんなところにあると思いますか。
「言葉を使うことはふだんあまりにも当たり前になっていて、ひとつひとつの言葉の持つ力や意味をじっくり考えることって少ないと思うんですよね。それをあえてテーマにしてみんなで話し合うことで、どれだけ言葉が曖昧に使われているか、あるいは真剣に使うとどうなるか、見直すきっかけになるんじゃないかなって思います」
今回のテーマは「嘘」。番組冒頭でこれまでに自分のついた嘘について語り合うなか、村山さんは「2回離婚していますからね。そういう結果を招く嘘です」ときっぱり。それを聞いた他のみなさんが、(当たり障りのないエピソードを話して)「保身に走ってすみません!」と反省するやりとりがありましたね。
「ふふふ。私の場合、物書きであることで自分の中の表に出しにくい部分をさらけ出してしまうことに慣れすぎているのかもしれませんね。ふつうの感覚だったら隠すことを、ここぞとばかりに見せてしまう、露悪的なところがどうもあるんですよね」
前回の「ひびこと」で、「隠したい感情ほど向き合ったほうが、小説の鉱脈に当たることが多い」というお話もされていましたね。
「そうなんです。承認欲求を書いた『PRIZE』もそうですし、女性の性的欲求を書いた『ダブル・ファンタジー』も、人に知られたくない自分と向き合って生まれた作品です」
番組では、村山さんが初のノワール小説に挑戦したという『嘘 Love Lies』が引用されました。秘密を抱えながら、お互いを思うがゆえにそれを明かすことができない男女4人の悲しみや葛藤を描いた作品で、タイトル通り「愛のある嘘」がテーマだそうですが、その「嘘」で村山さんは何を書こうとしたのでしょうか。
「週刊誌連載だったのでノワールに挑戦しようと思ったのですが、私に書けるノワールって、歌舞伎町や台湾が舞台で、銃撃戦があって……というふうには、やっぱりならないんですよ。主人公たちは中学生で、そんな気持ちはないのに大人たちの悪い世界へ引きずり込まれてしまう……。その中で、大切な人を巻き込まないために『嘘』を重ねていくお話なんです。
いつも私は気持ちのレッドゾーンを書くことに惹かれます。嘘をつかざるを得ない相手が身近にいるって、心が持続的にレッドゾーンにある状態。相手を想ってつく『愛ある嘘』なのに、ずっと緊張していて、なかなか幸せな方へ向かえない。その状態を書きたかったんだと思います」
村山さんがおっしゃった「エッセイは自分をコントロールしながら書けるけれど、じつはフィクション(小説)のほうがほんとうの自分がずるずると引っ張り出されてしまう」という言葉が印象的でした。
「そうなんですよ。エッセイで書くものは基本的には〈私の話〉です。もちろん、エッセイにすることに意義のある題材もあります。〈私〉のことだからこそ等身大で響く、普遍性を持つ、ということもあると思うんだけど、先ほどお話した、隠したい感情に関しては、エッセイで書いたら生々しくて読めないんじゃないかって思うんですよね。フィクションっていう容れ物に入れることでしか、ひとに差し出せないものはある」
その容れ物を手にしたことで、村山さんの「自分」は楽になったのでしょうか。
「ええ、なりましたね。うちの母は、今でいう毒母、エキセントリックで過干渉な人だったのですが、その支配から逃れる手段がフィクションのお話を書くことでした。それがなかったら、相当しんどかっただろうなと思います」
では村山さんにとって、小説は「母の支配から逃れるための嘘」とも言えますね。
「ほんとうにそうですね。日記じゃダメだったんですよ。日記は、受け止められない自分そのものになってしまうから。お話の中に溶け込ませることで、やっと自分を受け止められるというか、心の暗がりを別のものに変容させることができた気がします」
そのとき書いていたのは、どういうものだったのですか。
「母に絶対言えない自分を、小説の中では解き放っていました。女の子の恋人を作ってみたり、大嘘をぶちまけてみたり。その頃はまだ小説を完成させることはできず、途中まで書いて、最後はねじ伏せられなくて……というのが多かったです。それでも、その嘘の世界があることで救われていました」
他のかたのコメントで印象的だったことは。
「エッセイと小説の関係にも通じるんですが、演じることをお仕事にされている桐山さんと小野さんが、リアルで自分を見せる以上に、フィクションの人物を演じるほうが逃げ場がなくてすり減る、とおっしゃったこと。与えられたセリフ以外、勝手に嘘がつけないですもんね。嘘の姿を見せているようで真実に近い、というのが面白い。だからこそ、観る人の胸を打つんでしょうね」
フィクションにリアリティを持たせるために、村山さんが心がけていることはありますか。
「起きる出来事がどれだけドラマティックでも、人間の心の動きは地道に、生身な感じに書くようにしています。竜が出てこようが異世界に飛ぼうが、ちゃんと人間の感情が書けいればリアリティが出るのでは、と」
「高校生のための小説甲子園」の選考委員を務め、若い人に接する機会も多い村山さんですが、いまの若者たちの言葉や文学とのかかわりについてどう感じていますか。
「〈書く〉とか〈話す〉といった言葉を発信することについて、過剰に苦手意識を持っているように感じます。言葉に自信がなくて、うまく言えなければ言わない方がマシと口をつぐんでしまう。でも、考えてみれば、今ほど文章を自分で綴って人に渡している時代ってないんですよ。SNSでもメールでも、みんな毎日文章を書いているじゃないですか。そんなに怖がらないでって思います。
そりゃあ、文章の精度を高めていくに越したことないですけど、それはあくまで技術。やっぱり言葉は心がないと意味がないじゃないですか。まずは『伝えたい』という気持ちがいちばん。私の小説を読んで『ヤバかったです、とにかくもうヤバかったです』って一生懸命言われたら、やっぱり嬉しい。借りてきたような言葉で言い換えられるより、ずっといろんなものが伝わります。実際、若い人の感性はすばらしいです。凝り固まった大人のほうが、自分の決め込んだ意味しか見出すことができなくて空虚なことがある。
だから、なにかを感じること、それを伝えたいと思うことを諦めないでほしいな。初めからうまく言おうとしなくてもいい。『あなたの日々が、言葉になるまで』を、私は楽しみにしています」
【番組情報】
「わたしの日々が、言葉になるまで」(Eテレ、毎週土曜20:45~21:14/再放送 Eテレ 毎週木曜14:35~15:04/配信 NHKプラス https://www.nhk.jp/p/ts/MK4VKM4JJY/plus/)。次回の放送は8月23日(土)20:45~。