ISBN: 9784000617024
発売⽇: 2025/06/19
サイズ: 2.9×18.8cm/352p
「不屈のひと」 [著]石田陽子
今年は、資本主義の興隆を最底辺で支えた女性労働者を描いた細井和喜蔵の「女工哀史」が世に出て百年。同じ年に男子普通選挙が公布され、治安維持法が施行された。
その和喜蔵の妻、トシヲの評伝小説である。極貧に生まれ小学校も卒業せず女工に。墓場に寝泊まりしシラミをわかせながら職を得る。和喜蔵と出会い、女工の現実を伝え、関東大震災と労働運動家の虐殺から2人で逃げのびた。女工やカフェーの女給で生活を支え、夫は念願の著作を書き上げた。が、ほどなく病死、その直後に生まれた男児も亡くなる……。
ここまでももちろん読み応えがあるが、彼女の真骨頂はむしろこの後だ。「哀史」は売れまくるが、内縁の妻だった彼女は(当時は25歳未満の女子の結婚には戸主の同意が必要で、父は結婚に反対だった)莫大(ばくだい)な印税を受け取れなかった。なのに時代の寵児(ちょうじ)となった作家の妻という理由でどこにも雇ってももらえない。「まるでお尋ね者扱い」、なんたる不条理。
労働運動の中で新たな夫と出会い、戦中戦後を乗り切ってゆくのだが、これがもう、めっぽう面白い。語弊を恐れず言えば、冒険活劇みたいだ。
子どもを7人産み2人亡くし、空襲の猛火を娘をおぶい息子の手を引きくぐりぬける。夫が寝付き、生活は彼女の肩に。闇屋をしてやくざとわたりあい(胸がすくかっこよさ)、やがてニコヨンとよばれる日雇い労働に。
雑草を摘んで夜のおかずにする地を這(は)うような暮らし。でも彼女は誇りを失わず、勇敢だ。賃上げ要求をし、組合潰しと闘い、組合員を広げるために映画会を企画。仲間をまとめて要求を勝ち取ってゆく。いいぞトシヲ‼と立ち上がって喝采を送りたくなる。
そして私たちは知る。彼女が闘争の中で明らかにした構造的な貧困の連鎖は、今に続くことを。百年たっても問題は変わっていないことを。
私たちは闘っているだろうか?
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いしだ・ようこ 1960年生まれ。文筆業、編集者。雑誌編集者を経て半藤一利氏に師事。編著に『昭和十二年の「週刊文春」』。