ISBN: 9784296120284
発売⽇: 2025/06/27
サイズ: 18.8×2.2cm/352p
ISBN: 9784296120291
発売⽇: 2025/06/27
サイズ: 18.8×2.2cm/328p
「勝負師 孫正義の冒険」(上・下) [著]ライオネル・バーバー
90年代後半に学生時代を送った評者のような世代にとって、当時のソフトバンクという会社はとらえどころのない会社であり、その会社を率いる孫正義という人間もまたとらえどころのない経営者というのが相場だった。それが企業買収を重ね、携帯電話の事業者になったかと思うと、あれよあれよという間にソフトバンクはIT関連の一大コングロマリットとなってしまった。更に、この孫氏、昨年末には、米大統領に再選されたばかりのトランプ氏の脇で米国への大規模な投資をにこやかに表明しているではないか。この男は一体何者なのか? フィナンシャル・タイムズ紙の前編集長が、孫氏とソフトバンクが辿(たど)って来た道を追ったのが本書だ。
朝鮮半島にルーツを持つ出自から孫氏がアイデンティティーを確立してゆく青年時代もこの物語には必須の要素だが、やはりおもしろいのは投資家としてのし上がってゆく過程だ。ヤフーやアリババに賭けて大儲(もう)けすることもあるが、高値摑(づか)みして大失敗しかけることもある。極(きわ)めつきはウィーワーク(共有オフィス事業者、2023年に破綻〈はたん〉)への巨額出資だろう。本当に投資家としての先見の明があると言えるのだろうか? 後継者候補として迎えられた者が早々と去ることになるのも、組織としての未熟さを露呈させていると思えてしまう。
孫氏の華麗な人脈を通してテック業界の変遷についてはよくわかったが、評者には孫正義という人物がますますわからなくなった。人懐っこさで年長者を惹(ひ)きつける一方で、他者への共感力に欠けるところがあるという。テクノロジーの未来に的確なビジョンを持つのとは裏腹に、意思決定は場当たり的にも映る。
ビル・ゲイツ氏に言わせると、孫氏は日本社会のインサイダーでもあり、アウトサイダーでもある。それは、彼がインサイダーに憧れながらも、アウトサイダーとして破壊者の役割を担ってきたという意味でもあると感じた。そうだとすれば、一般的な経営者が身に付けるべき慎重さなどとは無縁な点こそが、孫氏の最大の強みなのかもしれない。
著者は、現場に潜入するような取材の代わりに、本人や関係者へのインタビューに加えて、入手可能な情報源に当たることを重視したという。そのことが執筆対象との程よい距離感を生み出している。とはいえ、それは本書が単調な記述に終始しているという意味ではない。むしろ、孫氏の人生に似て、疾走感あふれる評伝となっている。なにしろ、読み進むにつれて、愉快なほど扱われる金額が大きくなってゆくのだから!
◇
Lionel Barber 英紙フィナンシャル・タイムズでワシントン特派員などを経て05~20年に編集長。オバマ、トランプ、プーチン、メルケル各氏にインタビュー。著書に『権力者と愚か者』など。