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「経済とイデオロギーが引き起こす戦争」書評 格差拡大に敵愾心、無知は今も

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2025年08月23日
経済とイデオロギーが引き起こす戦争 著者:岩田規久男 出版社:光文社 ジャンル:歴史

ISBN: 9784334106348
発売⽇: 2025/07/24
サイズ: 19.4×2.7cm/400p

「経済とイデオロギーが引き起こす戦争」 [著]岩田規久男

 本書の著者は数多くの経済書を世に出してきたが、1998年刊の『金融法廷』は異色作だった。不良債権問題がかくも長引いた責任の所在について、仮想裁判の形式で追及する痛快な内容だった。本書は裁判形式ではないものの、原因そして責任を追及する姿勢は重なる。挑むのは、戦争はどうして起きるのかという巨大なテーマだ。
 多くのページを割いたのが日米開戦にいたる道だ。通常の歴史書なら政党の自滅や軍部の独走などが書き込まれるところだが、本書は少し違う。開戦の原因はつきつめれば、政治家、軍部、官僚、新聞雑誌、民衆の「経済無知」にあるという。
 日本は1930年に金本位制に復帰したが、それがデフレ下でいかに危険なことかを政府は理解していなかった。農村の貧困や所得格差は経済政策で克服できるのに、多くの人は領土拡張しかないと考えた。「満蒙は日本の生命線」と言われたが、経済的には米国との貿易関係こそが生命線だった。
 歴史に「たら」「れば」を持ち込むなとよく言われるが、歴史学者ならぬ経済学者の著者は遠慮なく踏み込む。支えにするのが戦前のジャーナリスト石橋湛山だ。領土よりも貿易を、という彼の主張する線で政策が営まれていれば……と想像を広げる。中国侵略は起きず、日米開戦も避けられた。共産主義中国も生まれず、朝鮮半島の分断もなかった。歴史叙述としては甘さも感じるが、決してしらけた気分にならないのは、経済という背骨がしっかり通っているからだろう。
 第1次世界大戦にいたる経緯の分析には寒気を覚えた。当時もまたグローバリゼーションのなかにあり、国際的にも国内的にも格差が拡大していた。しかしその原因となる経済構造は理解されず、各国の世論は「外国のせいだ」との見方に傾いていく。敵愾(てきがい)心が戦争を支えた。いまの私たちはどこまで経済無知を克服できているのだろう。
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いわた・きくお 1942年生まれ。上智大・学習院大名誉教授(金融論・都市経済学)。著書に『資本主義経済の未来』など。