まるよのかもめ「ドカ食いダイスキ!もちづきさん」と土山しげる「喰いしん坊!」が示す健康意識の変化 (第151回)
8月17日、東京ビッグサイトで開催されたコミックマーケット(夏コミ)で、『糖尿病専門医がカイセツ!ドカ食いダイスキ!もちづきさん』という本が出品され、1000冊がわずか1時間で完売したことで話題を呼んだ。
昨年から「ヤングアニマルZERO」「ヤングアニマルweb」(白泉社)で連載している『ドカ食いダイスキ!もちづきさん』(まるよのかもめ)は、“ドカ食い”がやめられない21歳のOL望月美琴の食生活を描いたコメディーだ。「2倍サイズカップ焼きそば+マヨネーズを2個」(2760kcal)、「ご飯4合のオムライス」(3478kcal)、「揚げ物各種トッピングした超大盛りカレー」(3702kcal)、「そうめん20束半」(3952kcal)など、望月さんの常軌を逸したドカ食いが注目され、「次にくるマンガ大賞2024」webマンガ部門第8位や「マンガ大賞2025」第10位にランクインしている。タイトルは『ラーメン大好き小泉さん』(鳴見なる)のパロディーかもしれないが、内容は特に関係ない。
「大食い」をテーマにしたマンガというと、2004年から「週刊漫画ゴラク」(日本文芸社)で連載され、第36回日本漫画家協会賞優秀賞も受賞したヒット作『喰(く)いしん坊!』(土山しげる)を思い出す。大食漢のビジネスマン大原満太郎を中心に、大食いバトルを一種のスポーツとして描いた異色作だ。熱いラーメンを短時間で食べるため両手に箸を持つ「二丁喰い」や、うな重に茶をかけて流し込むといった「邪道喰い」など、昭和のスポ根を思わせる必殺技が登場。「長時間の絶食は胃が縮んで大食いできなくなる」「早食いでは時間配分を考えてはいけない」など、技術的なウンチクも語られた。
20年前の当時は、テレビのバラエティー番組でも大食いバトルが人気を集めた時代だ。大食いタレントたちが脚光を浴び、地方自治体による大食い大会もしばしば開催されていた。しかし、危険性、食品ロスの問題、見苦しい、といったマイナス面も多く、徐々に批判が増加。令和の今では下火になっている。
改めて『喰いしん坊!』を読み返してみて思うのは、大食いの“健康リスク”がほとんど触れられないことだ。満太郎たちフードファイターは、カツ丼10杯、ラーメン8玉、寿司100貫といった無茶な大食いに挑むが、その姿は記録に挑戦するアスリートそのもので、「体に悪いのではないか」などと誰ひとり考えない。
一方、健康リテラシーが高くなった現代では、そうはいかない。暴飲暴食は太るだけに留まらず、糖尿病や高血圧を招き、脳卒中や心筋梗塞のリスクを高めることはすでに常識といっていいだろう。満太郎並みかそれ以上にドカ食いしている『ドカ食いダイスキ!もちづきさん』の望月さんだって、それはよくわかっている。彼女が戦っている相手は他人や記録ではなく、己の中の罪悪感だ。「こんなに食べていいわけない」と思いながらも食欲に負けてしまう心理描写は、多くの読者が共感できるに違いない。
物語は1話完結型で、毎回「1日の推奨摂取カロリーは、男性は2200±200kcal程、活動量の少ない女性は1400~2000kcal程とされている。(農林水産省公式HP参照)」という親切な注が入っている。それに対して彼女の1日の摂取カロリーは、ひどいときは8000kcal以上! ルックスが可愛いので最初は笑って見ていられるが、食べることだけが楽しみで、毎回食欲に負けてドカ食いする姿には依存症のような異常さがあり、だんだん怖くなってくる。「こうなってはいけない」と、自分の食生活を見直す人も多いだろう。
なお、望月さんはドカ食いの果てに酩酊することを“至る”と呼び、急激な血糖値上昇による現象と考えているが、真相は逆らしい。前出の『糖尿病専門医がカイセツ!ドカ食いダイスキ!もちづきさん』によると、原因はインスリン大量分泌による血糖値の急降下で、「糖尿病の2歩手前の状態」になっているという。やばいぞ、望月さん!