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「私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない」書評 家族を支え、社会を支えた人生

評者: 高谷幸 / 朝⽇新聞掲載:2025年09月13日
私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない ~韓国、女性たちの労働生活史 著者:京郷新聞ジェンダー企画班 出版社:大和書房 ジャンル:評論・文学研究

ISBN: 9784479394570
発売⽇: 2025/07/09
サイズ: 18.8×1.6cm/272p

「私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない」 [著]京郷(きょんひゃん)新聞ジェンダー企画班

 タイトルを見て、思わず手にとった。表題通り、名刺はないが、働き詰めで暮らしてきた韓国の女性たちの労働生活史だ。取り上げられる一○人の女性は、五〇~七〇代。韓国現代史の激動の時代を、家の内外で働きながら生き抜いてきた。今の仕事は食堂経営、炭鉱労働者、果樹園代表……と様々だが、彼女たちに共通するのは、自らの人生の大半を、家族を支えるための労働に捧げてきたということだ。若い頃は、親の仕事や男兄弟の進学を支えるため、結婚後は夫や子どもたちのため。
 しかし彼女たちに名刺はなかった。名刺とは、社会における当人の地位や役割を示すものであり、名刺がないということは、その人の働きが公的に承認されていないことを暗示する。つまり彼女たちの働きは、「公式の仕事」とはみなされてこなかったということだ。
 新聞を通じて報道された連載記事を書籍化した本書は、こうした女性たちの生にスポットライトと言葉を与える。構成も工夫され、一人ひとりの生活史の間に、当時の時代状況や、統計的な説明が入り、女性たちが生きてきた時代背景がよくわかるようになっている。何よりも、女性たちの写真とカラフルな色使い、間に用いられるパンチの効いたフォントが、彼女たちの人生の力強さと彩りを表現する。
 韓国では二〇一六年にソウルの江南駅近くで女性が殺害された事件以降、フェミニズムへの関心がより広まったが、それは、娘世代が、母親の人生を見つめ直すきっかけの一つにもなったという。本書もまた、母親世代の働きが、時代状況と交差しながら、人びとの生活や社会を支えてきたことを伝える。同時に、仕事と家庭の双方で、あるいはその二者択一で女性たちが直面してきた困難は、形を変えつつも今なお引き継がれていることも。同様の状況にある日本でも、本書は、読者に身近な女性や自分自身の生に目を向けるよう誘うだろう。
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韓国大手新聞社で編成された取材記者や写真記者らによる特別取材班。2022年に5回にわたって記事を連載、まとめた。