いささか勝ち気が過ぎるほどバイタリティーあふれる主人公が、つぎつぎと立ち塞(ふさ)がる仕事上の難題や窮地に怯(ひる)むことなく突き進んで行く。読みながら、どんな悪路をものともしないオフロード車に乗って疾走するような高揚を覚えた。
城戸川りょう『高宮麻綾の引継書』でタイトルロールを務めるのは、食品原料の専門商社に勤める入社3年目の若手社員。グループ企業のビジネスコンテストで、高宮は新たな事業案をプレゼンし、見事優勝を果たす。
ところが後日、親会社から突き付けられたのは新規事業の白紙撤回。過去に起きた大きな事故を引き合いに、リスクを避けるためと説明されるが、高宮の怒りが収まるわけがない。そんな中、後輩社員に乞われて渋々向かった文書保存室の段ボール箱から、思わぬものを発見する。それは高宮が進めるつもりだった新事業を妨げた例の事故に関する書類で、そこには、この一件が事故ではなく、「志村さんは、会社とFBに殺された」という不穏な殴り書きが残されていた……。
本作は主人公像もさることながら、会社員小説とミステリーの融合が大きな魅力だ。高宮は我が身に降り掛かる様々な理不尽に加え、親会社の顔色ばかり窺(うかが)う上司や自分のようには仕事に打ち込まない人間たちに憤りながら、頑(かたく)なに自分の仕事を諦(あきら)めない。そこに、伏線の妙とスリリングなクライマックス、数々の謎が解き明かされるサプライズが展開され、組織に属して働くことの意義が清々(すがすが)しい熱とともに示される。
ちなみに本作、第31回松本清張賞に最終選考で落選するも、刊行が決定。発売前から書店員たちの熱烈な歓迎を受け、いま続々と版を重ねている。その稀有(けう)な成り立ちと売れ方にも、高揚を覚えずにはいられない。
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文芸春秋・1760円。25年3月刊、3刷1万7千部。「現役商社員の著者ならではの解像度で、働く楽しさや苦しさが詰まっているからではないか」と担当者。続編『高宮麻綾の退職願』が10月下旬に発売予定。=朝日新聞2025年9月20日掲載