――最新作『起承転転』のテーマは、50代女性の生き方。雁さんはこれまでにも、『かよちゃんの荷物』で30代、『あした死ぬには、』で40代の女性たちを描かれていますよね。
雁 いつも私自身がその年代に差しかかるときにお話をつくって、描きながら一緒に年をとっています(笑)。もともと「あるある」モノが好きなんです。中年以降の女性の人生には、まだ語られていない「あるある」が結構あるんじゃないかなと思うんですね。30代までの主人公はそれまでの女性向けマンガでも読んできたし自分でもたくさん描いていたんですが、『あした死ぬには、』からはっきりと「その時期にしかないもの」を意識しはじめました。40代以上の女性を主人公にするなら何を描くか、私なりに考えていこうと思います。
――近年、女性向けのマンガ作品では主人公の年齢幅が広がってきて、いい感じですね。
雁 いい感じですよね! 反面、私の母は70代なんですが、彼女は年をとった人が主人公の話は読みたくないと言うんですよ。わかる気もする。母と同じように自己投影せずに物語を追いたい人もきっとたくさんいると思うので、『起承転転』では「あるある」だけじゃなく、人間同士のドラマをしっかりと描けたらいいと思います。
――『あした死ぬには、』と『起承転転』ではテイストが少々異なっているように感じました。今作のほうがよりドラマチックというか。40代と50代、描きながら何か変化はありましたか?
雁 40代をテーマにした時は、「ここが頭打ちだ」という感覚に常に主人公が悩んでいる姿を描いたんですね。つい「私はもっとやれたはずなのに……」と思ってしまったりとか。人生の小休止というイメージでした。でも、50代はそこを抜けた人の話にしたくて。人生100年時代とも言うし、まあ最後を100歳として(笑)、半分を突破した人がこれから何をするのか。今の積み重ねをさらに増やす人もいれば、もう一度スタート地点に戻って新しいことが始まる人もきっといる。第一部は終わっちゃったけど、また次が始まる。だから、起承転転転転……起、みたいな。
――確かに、50年という短くない時間を経て、新たなスタートを意識するのはわかる気がします。
雁 私は50年も生きてきたら、どんな人だって一つは取り返しのつかないことをしているんじゃないかなあと思うんですよ。そういう経験を、みんなどうやって忘れるのか。そこも今回描いてみたいことのひとつです。回復に努めたり、新しいことを始めてみたり、『起承転転』の主人公・葉子のように東京から引っ越して「高校デビュー」ならぬ「転地デビュー」する人もいるかもしれない。人生を無駄にしたのか、いやそんなことはないんじゃないか。揺れる気持ちを、いや、自分の思いようひとつなんだってところまで描けたらうれしいですね。
70代と50代の母娘。共通点は誰かの娘として生まれたこと
――物語は「最初に父と母の娘として生まれて それでそのまま 誰かの妻にもならずに 誰かの母にもならなかった」という印象的なモノローグから始まります。葉子を未婚で子どものいない50代女性に設定したのはどうしてですか?
雁 周りを見渡すと「あるある」なんですが、結婚や子どもがいないことについて葛藤を持つことは、私としてはあんまりないなと感じていました。それよりも、この題材を選んだ時に一番気になったのはずっと娘でいることのほう。それこそ私たちの話だ、という気持ちで描いています。
――葉子は元女優ですが、物語スタート地点での状況はかなりシビア。弟にお金を借りたりしながらも、夢破れて東京から福岡に戻ってきたことを母親になかなか言いだせません。その一方で50歳になってもしんどいことがあると心の中で「おかあさん」と呼んでしまう瞬間があったり……。娘としての自分が出てくるシーンにはすごく身に覚えがありました。
雁 よかったです。母と娘を描くのって楽しいんですよ。娘が30歳を過ぎたあたりからどんどん対等になっていくじゃないですか。
――関係性が少しずつ変わりますよね。
雁 母親は娘を一人の人間として、あるいは一種の友達のように扱い始めるし、娘は娘で親の言うことをきかずに自分で生きていこうとする。かと思えば、急に親モードになった母から不条理な命令が降りかかってきて戸惑ったりして(笑)。母の中に娘を見ることもありますよね。ひょんな時に、「ああ、お母さんも娘だったんだな」と感じる。70代と50代の母娘だと、もうどっちが娘でもいいのかもしれませんね。
――その家族の役割の捉え方、軽やかでいいですね。
雁 私の母は、子育て中に自分の我慢がきかなかった後悔をいまだに話すんですけど、今の私からしたら当時の母は「若い人」。「20代で子供を育てていた時のお母さんが至らなくても、別にいいんじゃないの?」と思うんですよ。そういうこれまでに時々よぎった不思議な感覚をちょっとずつすくいとりつつ、ずっと娘でいることについて、描きながら探求してたいですね。
あきらめは人生においても大事だし、必要なこと
――母との関係でいうと、『起承転転』に登場する快晴という青年も気になる存在です。彼は葉子が暮らすマンションの大家の息子で、家業を手伝いながら車いすの母親のケアをする、いわばヤングケアラー。葉子からすると快晴の他人との距離感には違和感があり、ジェネレーションギャップがあるわけですが……。
雁 快晴は問題を抱え込んでいるんですよね。2巻以降でくわしく描いていくつもりですが、まだ21歳の彼が問題にどう対処して、葉子はどうかかわっていくのか。家族でも友人でもない年上の人間が、若い人に対して一体何をできるのか。やっぱり50歳ともなると、「誰かのために」と思ったところで、受け身でいたら何も起きないから。葉子の「新展開」では、そういうところをしっかり考えていきたいですね。
――夢をあきらめて、新しいフェーズが始まるんですね。
雁 あきらめるってネガティブに聞こえるかもしれないけど大事だし、必要だなと思うんです。若い頃は自分の容量は無限だと思っていたんですけど、やっぱり限りがありますよね。人間関係にしても、どこかであきらめなければ新しいものが入れられない。
葉子の夢だって「女優はどこでも続けられる」という考え方もあると思います。若い人からしたらYouTubeだってなんだってあるんだから、と思うかもしれません。だけど決別することで、次に向かえる。私はあきらめの悪い方ではあるんですけど、最近そういう気持ちになったんですよね。
それこそ私はずっと、足りないものは全部買って、使わなかったら処分しようというタイプだったんですよ。でも、そういうことをしなくなりました。何かひとつ捨てる時にほしいものを買う。許容量があくんだっていう感覚が、少しずつわかってきたのかもしれません。
――まだ物語は始まったばかり。1巻の好きなシーンと今後の見どころを最後に教えてください。
雁 好きなシーンは、3話で葉子が夢の中で大成功して「一発逆転」とジャンプしたところで泣きながら目が覚めるところかなあ。セリフにも書きましたが、悲しい夢はエンタメ性を感じるからおもしろいんですよね(笑)。葉子と快晴にこれからどんなことがあるのか、人生の取り返しがつかないことの先を描いていきたいと思っていますので、ぜひ楽しみにしていただけたら。