かわじろう「あたらしいともだち かわじろう短編集」 なじめない「世界」と親密になる
10本の短編を収めた作品集。学校や職場などありふれた日常の空間で、さまざまな主人公を通して描かれるのは、どこかなじみきれないこの「世界」への違和感と、そこにふと訪れる小さな心の転機だ。
普通に暮らしているようで、じつは誰もが目の前の現実への向き合い方にとまどっている。心の中に越えにくいハードルがあるのだ。他人に対する違和感や距離感。自分で先回りした劣等感。大切な人を失った後、慣れたつもりだった孤独感。うまくなじめないこの「世界」に、どう向き合ったらいいのか。そんな主人公が、ささいなできごとや出会いをきっかけに、少しだけ「世界」と親密になる向き合い方を見つけていく。
物語に何か大きな展開があるわけではない。描かれるのは、ほんのささいなできごとばかり。その「ちょっとしたこと」が、「世界」への向き合い方を変え、少しだけ心を軽くしてくれる。そんな瞬間の数々が、優しいタッチですくいとられる。太くて手触りある描線のシンプルさが、読む者に世界へ入り込む余地を与えるのかもしれない。ページをめくるうちに、このさみしい世界で、前向きに生きていく覚悟のようなものが、静かに伝わってきた。=朝日新聞2025年10月4日掲載