山口晃「趣都」 痛快な語り口と奇想の光景堪能
2021年春、「電線絵画展」と題する美術展が開催された。明治初期から現代まで、多くの画家が絵にした電線と電柱のある風景が並ぶ。その掉尾(ちょうび)を飾ったのが山口晃だった。電柱をモチーフとした作品とともに本作の原画も展示されていたと記憶する。
現代の都市を浮世絵のような様式で描き、未来とも過去ともつかぬ風景を現出させる稀代(きだい)の絵師による街歩きマンガ。連載開始から7年を経て、まさに“待望の”単行本刊行である。
語り手は作者の分身的な画家・しわぶき先生(無論『吾輩は猫である』の苦沙弥先生のもじり)。観察対象となるのは電柱、日本橋と首都高、階段といったものたちだ。かつては文明開化の象徴で河鍋暁斎らも描いた電柱・電線が、近年は景観を壊す邪魔者扱いされている。日本橋の上を覆う首都高も同様で、どちらも地下化が進行中だ。そこに、しわぶき先生は絵描きならではの視点から疑問を投げかける。
その鋭く深い考察を、諧謔(かいぎゃく)と韜晦(とうかい)まじりに披露する語り口は痛快。都市の景観論としても秀逸だ。そしてもちろん視覚的にも圧巻。巧緻(こうち)な線と構図、ディテールと省略で描かれる奇想の光景には見惚(みほ)れるしかない。美術とマンガの奇跡の出会いを堪能されよ。=朝日新聞2025年10月4日掲載