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『「イスラエル人」の世界観』/「アメリカの中東戦略とはなにか」書評 被害の絶対視、褪せる民主主義

評者: 酒井啓子 / 朝⽇新聞掲載:2025年10月11日
「イスラエル人」の世界観 著者:大治 朋子 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784620328386
発売⽇: 2025/06/26
サイズ: 18.8×0cm/320p

アメリカの中東戦略とはなにか:石油・戦争・同盟 著者:溝渕正季 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784766430455
発売⽇: 2025/08/26
サイズ: 12.7×2cm/280p

『「イスラエル人」の世界観』 [著]大治朋子/「アメリカの中東戦略とはなにか」 [著]溝渕正季

 イスラエルによるガザ攻撃開始から二年、悲惨な現状は今も続いている。死者数ばかりが増える毎日に、誰しも抱く疑問はこうだろう。なぜイスラエルは、ここまでパレスチナを敵視するのか。なぜ米国はいつも、イスラエルの暴力を擁護・支援するのか。
 ガザの子どもたちの遺体が保冷箱に詰められる同じ地で、ユダヤ人がアイスクリームを楽しむ。その光景を『「イスラエル人」の世界観』で大治朋子は「彼らはなぜ『平気』なのか、なぜ正気でいられるのか」と問う。それが本書の出発点にある。ホロコーストの被害者だからこそ強くならねばと決意し、「被害者意識の牢獄」から抜けられない。ホロコーストの被害は絶対で、いかなる虐殺もその比ではないと、自身の被害体験を特別視する。
 そのイスラエルをなぜ米国が支持するのか。米とイスラエルの「特別な関係」には、ホロコーストに何もできなかったという道義的責任、罪悪感があると、『アメリカの中東戦略とはなにか』で溝渕正季は言う。新天地に入植し、神の定めた国家をつくる、との建国理念も、両国は似ている。イスラエルを支持するキリスト教福音派は、トランプ政権の大事な票田だ。
 溝渕は、米国の9.11以降の対中東関与がいかに挫折し、その理念である「リベラルな国際秩序」がいかに色褪(あ)せていったかを論じるが、米国を「非リベラルな覇権秩序」と呼ぶのは言いえて妙だ。「イスラム圏の『憎悪の海』に囲まれた小さなイスラエルを『自国の利益にかなう空母』」(大治)としてきたのも、欧米諸国である。米国の歴代大統領が挙げる「イスラエルとの民主主義的価値観の共有」(溝渕)というイスラエル支持理由が、うすら寒く聞こえる。
 米国の若者の間にイスラエル支持が減り、子どもたちを失ったユダヤ人被害者とパレスチナ人被害者の間に対話も見える。だが大きな政治の前に、それが紛争解決につながるのはいつだろう。
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おおじ・ともこ 毎日新聞編集委員▽みぞぶち・まさき 1984年生まれ。明治学院大法学部政治学科准教授。