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「第七問」書評 父の歩みと暴力の歴史をつなぐ

評者: 藤井光 / 朝⽇新聞掲載:2025年10月18日
第七問 著者:リチャード・フラナガン 出版社:白水社 ジャンル:外国文学研究

ISBN: 9784560091869
発売⽇: 2025/08/26
サイズ: 19.4×2.3cm/270p

「第七問」 [著]リチャード・フラナガン

 一個人と家族のたどった道のりと、近現代を貫く暴力の歴史。その二つの次元を、回想録『第七問』の文章は自在に接続していく。
 第2次世界大戦末期に捕虜として山口県で奴隷労働をしていた父親の足跡を、2012年になって息子の「わたし」が訪ねる旅から、本書は幕を開ける。だが、その旅が過去との和解をもたらすことはない。父親が酷使されていた時期には原子爆弾が広島に投下され、無数の死をもたらした。それから65年以上の時を経ても、過去の傷は癒やされず、死者の魂は消え去ることなくとどまり続ける。なぜ、人はそこまでの暴力を振るうのか。
 その問いは、語り手の家族と、原子爆弾の着想と開発をめぐる人間模様につながっていく。1910年代に小説『解放された世界』で核戦争を予見した作家H・G・ウェルズと、ウェルズの愛読者であり後に原子核連鎖反応を提唱した物理学者レオ・シラード。そのふたりの実生活に迫る、魅力的な記述の裏には、世界の破壊という背筋の凍るような暴力が常に潜んでいる。一方で、語り手と父親の故郷であるタスマニア州では、イギリスからの入植者による容赦ない先住民の虐殺があり、語り手自身にもその歴史が刻み込まれている。そうした大量死の歴史の先にいる、「わたし」とは何者なのか、「わたしたち」とは何者なのか。
 もちろん、それに確たる答えを出すことは難しい。書くことで歴史をたどる旅の先に答えはなく、次々に問いが見つかるだけである。過去にあった暴力という問いに、赦(ゆる)しや断罪といった安易な答えを出すのではなく、その過去が自分自身の一部でもあるという事実とどう向き合って生きていくのか。家族の歴史というささやかな次元と、西洋近代の道のりという壮大な次元を同時に見つめる先に、問いを見いだして生きようとする試みとしての文学の意義が浮かび上がる。
    ◇
Richard Flanagan オーストラリアの作家。父の第2次大戦中の捕虜経験を題材にした『奥のほそ道』でブッカー賞。