ISBN: 9784622097990
発売⽇: 2025/08/20
サイズ: 19.4×3.9cm/752p
「国際政治における認知と誤認知」 [著]ロバート・ジャーヴィス
驚いた。国際政治の教科書ともいうべき本書が、初版から半世紀近くを経てようやく邦訳されるなんて。この基礎文献が、これまで邦訳されてこなかったなんて。
国際政治はアナーキー(無政府状態)である、という前提から国際政治学は始まる。国内社会と異なり、国際社会ではそれぞれの国家が主権を持ち、世界を束ねる中央政府がないからだ。アナーキーな世界のなかで、それを構成する国家はどう行動し、どう国家間関係を維持するか。
伝統的な国際関係論であるリアリズム学派は、「人類のうちにある悪や支配欲こそあらゆる抗争の主因」と考えるが、ことはそう単純ではない。そもそも相手国が何を考えているか、自分が伝えたいことが正確に相手に届いているかもわからない。自国の安全保障のために軍備増強したら近隣国に警戒されて逆に戦争の危機が高まる、という「安全保障のジレンマ」は、相手国に意図を正確に伝えることの難しさを示す典型例だ。本書が主張するのは、国際政治では誤認知が起こるということであり、それこそが安全を脅かす原因になる、ということである。
相手が信用ならないと思ったら、相手に譲歩するのは難しい。だが信用ならない、という既存の信念体系は、どんなに異なる情報が入ってきても、その信念体系に沿って変形されてしまうか、無視されるか、大したことのない情報、とみなされる――例えば、北朝鮮は信用できないので、同国の発表はすべて怪しい、とか。特に、最初に不正確な仮説が立てられると、その後正しい情報が入っても仮説を変えるのは難しい――例えば、不正確な情報を基に、移民は罪を犯すと仮説を立てたら、それに基づいて移民排除が進められる、とか。
新情報を取り入れたり、歴史から学んだりする際も、自身のその時点での関心事に沿って選択的に取り入れる。
情報を受け止める側がどういう立場にあるかによっても、誤認知は起きる。事件を直接体験するのと伝聞では違うし、世代や役職、その国の政治体制によっても認知度合いは異なる。
では誤認知を減らすにはどうするか。対立する認識を理解すること、「無根拠な確信」への予防措置が必要だと著者はいう。自国の正しさを過大評価し、敵が強い作為をもって一体となって攻撃してくると考えるのは、誤認だ。
難点は、初版部分で挙げられる事例が古いこと。冷戦期の執筆なので、東欧が共産主義体制下にあり、ベトナム戦争がリアルだった。若い読者には、留意して読んでほしい。
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Robert Jervis 1940年生まれ、21年死去。米国の国際政治学者。コロンビア大教授やアメリカ政治学会長などを歴任。著書に『複雑性と国際政治』など。本書は76年に米国で出版、2017年の増補新版を邦訳した。