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「空、はてしない青」(上・下)書評 青い傷と甘い郷愁を呼び起こす

評者: 秋山訓子 / 朝⽇新聞掲載:2025年10月25日
空、はてしない青 上 著者:メリッサ・ダ・コスタ 出版社:講談社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784065354162
発売⽇: 2025/09/18
サイズ: 13.4×18.8cm/416p

空、はてしない青 下 著者:メリッサ・ダ・コスタ 出版社:講談社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784065395875
発売⽇: 2025/09/18
サイズ: 13.4×18.8cm/416p

「空、はてしない青」(上・下) [著]メリッサ・ダ・コスタ

 人は死ぬ。私も、あなたも。普段は忘れているだけ。この本の主人公、エミルは若年性アルツハイマーと診断され、いや応なく向き合わされる。そして人生の残された時間を旅に出ることに決めた。ネットで募った女性、ジョアンヌと共に。
 エミルはネット関係の仕事をしていた26歳で、1年前に去った彼女を忘れられない。ジョアンヌは29歳の小学校の管理人。学歴はないが本が好きで、瞑想(めいそう)が好きで、ベジタリアン。イラクサで湿布をし、ミントで消毒する方法を知っている。
 ここまでで、設定の勝利、どこかで見たことがあるような――と本を閉じたらもったいない。
 タイパ・コスパを気にして読む本ではない。まとまった時間にじっくりと味わいながら読みたい。ジョアンヌがエミルに、意識を集中させて食べ物を味わうと、いかにおいしく感じるか、味覚から始まるめくるめく人生の喜びを教えたように。主人公と共に自らの人生の断片、青い傷や甘い郷愁が呼び起こされる。私は出張の機内で。思い出が狭い窓から遠く空の果てへ飛んでいった。
 ピレネー山脈の息をのむ自然、夕暮れ、廃虚の村、朽ちた教会、ラグーン……2人がめぐっていく田舎の風景が美しい。子猫、紫のアメジストのアンティークの櫛(くし)、涙と真珠の挿話、オレンジピールとビターなカカオとシナモンのお茶など、小道具の数々も素敵だ。
 エミルの記憶の穴はどんどん広がっていく。やがて来る時に備えて2人が選んだ方法は驚愕(きょうがく)でもあり、納得でもある。そして「あちら側」に行ってしまうエミル。物語も後半、ぐんぐん加速して謎めいたジョアンヌの秘密も明かされていく。
 エミルの人生が結末を迎えた後の話がいい。死は終わりではない。残された者と共にある。本も似たところがあるかもしれない。読んだ後も余韻が持続する。私は今、ジョアンヌのお気に入りの本『アルケミスト』を読んでいる。
    ◇
Mélissa Da Costa 1990年生まれ。フランスの作家。2019年に本書でデビュー。フランスでミリオンセラーとなった。