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「帝国の隠し方」書評 植民地の保持から基地の点在へ

評者: 中澤達哉 / 朝⽇新聞掲載:2025年10月25日
帝国の隠し方―大アメリカ合衆国の歴史― 著者:ダニエル・イマヴァール 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:歴史・地理

ISBN: 9784815811990
発売⽇: 2025/07/11
サイズ: 15.7×21.7cm/456p

「帝国の隠し方」[著]ダニエル・イマヴァール

 「帝国の隠し方」とはなんと不穏な響きだろう。普段は平和的で民主的で寛容なのに、裏には邪悪な本性が隠されている……というような想像をしてしまうが、事はそれほど単純ではない。
 否応(いやおう)なしに期待が高まるのは、本書がアメリカを題材にしていることだ。著者によれば、米国は自身が帝国であるという事実を頑(かたく)なに黙殺し続けている。なるほど、1898年以後の一時期を除いて、同国は帝国であることを誇示していない。隠す理由は想像に難くない。この国はイギリス帝国への対抗から生まれ、大帝国と戦い続けてきた共和国としての自負がある。ナチ第三帝国、日本帝国、そしてソビエト帝国という「悪」の帝国を次々と倒してきたという誇り……。映画の中でさえ宇宙を巻き込み「悪の帝国」と戦うほどだ。
 驚きは植民地帝国の不都合な事実の描写。1848年の米墨戦争に勝利した際、メキシコ全土の併合を求める声が高まった。しかし、実際には人口の少ない最北の地域(現カリフォルニア州等)を獲得。上院議員カルフーンによれば、合衆国に加入できるのは白人だけ。住民がいない領土ならなおさら良い。これは、人種主義が帝国の膨張主義を抑え、隠すという稀有(けう)な事例だ。植民地で行われた非人道的な人種差別的措置――米西戦争後に得たフィリピンでのバランギガの虐殺やプエルトリコの住民に行った医学実験――も従来は歴史の闇の中にあった。
 だが、戦後、民主共和国が植民地を保持し続けることに矛盾が生じ、帝国の隠し方も巧妙に変化した。領土の併合よりも、世界中に約800もの軍事基地を設置。米国は植民地帝国から世界各地に拠点が点在する「点描法帝国」に移行した。つまり、日本は戦後、自由民主主義の旗手でなく、併合なき支配を進める点描法帝国と付き合ってきたことになる。領土(テリトリー)の利用法の変遷から描く米国史に、帝国史叙述の新機軸を見た気がする。
    ◇
Daniel Immerwahr 1980年生まれ。歴史学者、米ノースウェスタン大教授。専門はアメリカ外交史、グローバルヒストリー。