ISBN: 9784898156117
発売⽇: 2025/09/29
サイズ: 18×1.9cm/320p
「ブロッコリーパンチ」 [著]イ・ユリ
なんだろう、この読み心地。何かに似ている、なんだったっけ?とずっと思いながら本書を読んでいるうち、はっと気がついた。そうだ、ドロップ缶だ!
次にどんな味が出てくるか分からなくて、わくわくするあの感じ。好きな味(レモン味とか)が出てきた時のやった!感と、そうでもない味(薄荷味)が出てきた時の、ま、これはこれでいっか感。ドロップ缶と違うのは、本書はどの短編もやった!感であること、食べたことのない味がひょこっと出てくることだ。
生前から突飛(とっぴ)な発言をする父親が、死んだら火葬後の遺骨を鉢植えに埋めてくれ、と言うので、その通りにしてみたら、その鉢に植えた痩せ細った木がぐんぐん育ち、やがてその木から父の声が聞こえてきたり、溺死(できし)したはずの主人公が「汎(はん)宇宙生物研究協会」に所属する宇宙人に生き返らせてもらったり。
ある朝突然、彼氏の右手がブロッコリーになったり、五年前に死んだ恋人が、突然幽霊になって現れたり。え?と思うようなお話なのに、違和感なくするすると胸に落ちていく。
右手がブロッコリーになって病院に行っても、待合室にいた人たちは、そのことを普通に受け止める(「そういえばうちのおじさんもなった」「きっと悩みすぎたのね」)。医師だってうろたえたりしない。「大丈夫です、すぐに治りますから」
どのお話も、なんだかふくふくと柔らかくておかしくて、ありえないんだけど、こういうことがあって欲しいような気持ちになる。最終話の「イグアナと私」なんて、まさかの落涙ですよ。
家を出て行った彼氏が置いていったイグアナから、ある夜「あの、すみません」と話しかけられた主人公の物語なんですが、このイグアナがね、もう、健気(けなげ)だわ、いじらしいわで、堪えきれずに思わずぽろり。
かさかさした心によく効く保湿クリームのような一冊。お試しあれ。
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Lee Yuri 1990年生まれ。韓国の作家。本書所収の「赤い実」が韓国の京郷新聞新春文芸に当選し、作家活動を始めた。