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「記者は天国に行けない」書評 身を斬らせても 鋭い牙を磨く

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月08日
記者は天国に行けない 反骨のジャーナリズム戦記 著者:清武 英利 出版社:文藝春秋 ジャンル:評論・文学研究

ISBN: 9784163920115
発売⽇: 2025/08/27
サイズ: 13.8×19.6cm/608p

「記者は天国に行けない」 [著]清武英利

 心を決めた。面従腹背にも限度はある。悟りを開いた人間の潔さは強い。何よりも、彼には身を斬らせても守るべきものがあった。不条理に目を閉ざさない「記者魂」だ。
 2011年11月11日、読売新聞の元社会部記者で巨人軍球団代表だった清武英利さんは、会見を開いて会社のコンプライアンス違反を告発、「読売のドン」こと故・渡邉恒雄氏に反旗を翻した。
 「おかしいじゃないか」――清武さんはその思いを拠(よ)りどころとして記者稼業を続けてきた。だからこそ、会見直前に渡邉氏から「読売新聞社と全面戦争になる」と恫喝(どうかつ)されても屈しなかった。清武さんがたどり着いた地平には、記者のあるべき姿が刻まれていた。
 そこに至るまで何があったのか、何と闘ってきたのか、いまや指折りのノンフィクション作家となった清武さんの半生が赤裸々に描かれる。
 駆け出し時代は地方支局で事件取材に明け暮れ、本社に上がってからは警視庁、国税庁などを担当、数々のスクープ記事を手がけてきた。取材相手の懐に飛び込み、時に築いた信頼関係を「裏切ってでも、自分の判断で書く」。電柱の陰に隠れて張り込みを続けた。口を閉ざす人から証言を引き出した。とにかく「おかしい」と感じたら諦めない。靴底をすり減らしながら、証券会社の損失補塡(ほてん)、銀行の不祥事などを次々と暴いていく。そんなスクープの舞台裏は興味深い。
 一方、本書は単なる〝武勇伝〟にも凡庸なジャーナリズム論にもなっていない。同じ志と取材力を持った他社の記者をも取り上げながら、それぞれの反骨の流儀に言及する。組織はやせ細っても、いまもどこかで鋭い牙が磨かれているのだ。牙を持つ記者は、相討ち覚悟で腐敗にメスを入れる。
 だから――天国に行けない。いや、たぶん記者に天国など必要ない。汚泥にまみれた人の世を往け、それがすべてだと、本書は訴えているようにも感じるのだ。
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きよたけ・ひでとし ノンフィクション作家。元読売新聞編集委員。著書に『しんがり 山一證券 最後の12人』など。