城山真一さんの読んできた本たち ペンネームの由来になった、本当に好きな2人の作家(後編)
――20代の頃、映画など、他に影響を受けたなと思うものはありますか。
城山:映画だと「陰謀のセオリー」「セブン」「スターウォーズ ジェダイの復讐」「フェイス/オフ」とか。特に「ジェダイの復讐」はすごく感動して、何回も観返しました。小説を書く上で勉強にもなったのは「フェイス/オフ」で、これは構成とか伏線のはり方などが、物語作りの参考になるなと思いましたね。
――漫画や小説はいかがですか。
城山:漫画雑誌では「ビッグコミックオリジナル」を愛読するようになり、弘兼憲史さんの『黄昏流星群』が好きで、これは今も読み続けています。
この頃から小説を読む量が増えていきました。大学生の頃、小説は勉強のために読むものだというハードルを感じていたんですけれど、社会人になって、もう本当に好きなものだけを読めばいいんだ、という感じになってきたんです。純文学系の難しい話はあまり読まなくなって...と言っても、人生ではじめてズシンときたのは村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』なんですけどね。
20代中盤の頃にはまったのは京極堂シリーズです。僕は第4作の『鉄鼠の檻』を最初に読んでしまったんです。地元の書店に行ったら平積みのところにとんでもない分厚い本ががーっと積まれてあって、いわゆるレンガ本のこれはなんだろうと手に取ったのが京極夏彦さんの『鉄鼠の檻』で。それを読んでから、第1作の『姑獲鳥の夏』から読み始めていきました。シリーズの中では『魍魎の匣』と『絡新婦の理』がお気に入りですね。『魍魎の匣』は怪しい研究所が出てきたり、匣の隙間を詰めたりというマニアックさが、なんかすごく分かる感じもあったし、『絡新婦の理』は、僕の中では構成のインパクトがすごくて。あのアクロバットな構成に舌を巻きました。
――それにしても、20代で6回も引っ越されたのですか。
城山:東京に住んだ時期も2年あります。当時、西武新宿駅からアルタ方面の道を通勤の乗り換えに通っていたんですけれど、西武新宿駅ってすぐ隣が歌舞伎町なんですよね。それもあってか歌舞伎町が舞台の小説が好きでした。桐野夏生さんの「ミロ」シリーズとか、馳星周さんの『不夜城』シリーズとか、藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』とか、村上龍さんの『イン・ザ・ミソスープ』も。このあたりは僕の中で歌舞伎町シリーズと名付けています。どれもインパクトがあって今も読み返します。いちばん好きなのはやっぱり『テロリストのパラソル』かな。
他には、まだ東野圭吾さんが今ほどものすごい有名人気作家ではなかった頃の、本格の匂いがプンプンするような作品が好きで。『どちらかが彼女を殺した』なんかが本当に好きで。
――手がかりがすべて作中にあって、読者が謎解きするタイプの小説ですよね。
城山:結局僕は真相が分からなくて、最終的には西上心太さんの解説を見て分かったんですけれど。その一方で、東野さんの『毒笑小説』や『怪笑小説』も面白くて、こんなのも書かかれるんだなとびっくりして。あと東野さんでは江戸川乱歩賞受賞作の『放課後』も好きでした。この頃は江戸川乱歩賞受賞作を乱読していましたね。真保裕一さんの『連鎖』、桐野夏生さんの『顔に降りかかる雨』、野沢尚さんの『破線のマリス』、さきほど言った『テロリストのパラソル』とか。
京極堂シリーズ、東野さん、桐野さんが基本ローテーションで、そこに村上春樹さんが入ってくるというのが、20代の頃の読書でした。
東京にいた頃は、だいたい休みの日は紀伊國屋書店新宿本店に入り浸りでした。一流の書店とはこういうものかと感動したのが、文庫の棚に行くと、新刊が並んでいるだけじゃなくて、書店員さんが売りたい本を並べているのがすごく伝わってくるんです。阿佐田哲也さんの『麻雀放浪記』が、新刊でもないのに「この本は面白いんです」という感じでどどーんと並んでいて、これを売りたいんだなと分かったのでじゃあ買いましょうという感じで、それまで阿佐田哲也さんに興味があったわけでもないのに買い、結局全巻読破しました。書店というのは書店員さんの思いで本を並べているんだなとはじめて感じたのが、紀伊國屋書店新宿本店でした。それ以来、書店に行くと、棚を見ながら書店員さんの熱というものを自分で勝手に推しはかったりします。
――プロレスは相変わらずお好きだったわけですよね。
城山:東京にいた頃にちょうど東京ドームの高田延彦vsヒクソン・グレイシーのリベンジマッチを見に行き、高田が負けてしまって。あまりのショックに後楽園の駅でしゃがみこんでしまって友達に介抱されたこともありました。それと、小川直也と橋本真也のガチンコマッチも東京ドームで、生で見て震えました。あの、シナリオなのかそうじゃないのか分からない不穏な感じこそ、まさに新日本プロレスだなっていう。
――東京以外では、どんなところにお住まいだったのですか。
城山:北陸地方をいくつか。30歳くらいになって金沢に戻ってきて、そこからはずっと金沢です。でも今思えば、いろんなところを回ってきたことはいい経験になっていますし、執筆にも役立っています。たとえば一昨年出した『狙撃手の祈り』という作品は東京の十条を舞台にしていますが、それは暮らしていた時の記憶が残っていたからです。
――その後の読書生活は。
城山:30代になって金沢に戻ってきてから、小説を読みまくるようになりました。当時印象深かったものを挙げていきますと、まず、なんといっても横山秀夫さんの『半落ち』。人生ではじめて、小説を読んで泣きました。ここから順不同のオンパレードで挙げていきます。新堂冬樹さんの『カリスマ』。これはもうエネルギーが炸裂していてインパクトがありました。新堂さんはストーリーの描き方とか文章がとんでもなくうまいなあと思うんですよね。次は、池井戸潤さんの『鉄の骨』。談合って悪いことだという先入観があったんですけれど、『鉄の骨』を読むと善悪ってなんだろうと考えさせられる。それがこの小説のいいところだなと。次は、今野敏さんの『隠蔽捜査』シリーズ、これはなんといってもキャラクターが立っていますよね。主人公の理屈っぽいところが不思議と共感できたりする。次は、浅田次郎さんの『鉄道員(ぽっぽや)』。これも泣きましたね。大人の童話という感じで、あの短篇集のなかでは「うらぼんえ」という話がすごく好きです。ほかにも浅田さんでは『月島慕情』に収録されている「供物」という短篇も好きです。
次は、白川道さんの『天国への階段』。これは後でお話ししようと思っている僕の師匠から勧められた小説で、長いんですけれど長さを感じさせない面白さ。次は、北方謙三さんの『水滸伝』シリーズ。これは林冲という将軍が出てくるんですけれど、行動も台詞も格好よすぎて、本当に好きでした。北方謙三さんというと『血涙 新楊家将』という小説も大好きです。北方さんの小説って、いい意味で、漫画を没頭して読んでいる時のような気持ちになります。
次は、柳広司さんの『ジョーカー・ゲーム』。僕が『看守の流儀』を書いたのは、『ジョーカー・ゲーム』っぽいものを書きたいなと思ったのがひとつのきっかけだったかなと思っています。次は、雫井脩介さんの『犯人に告ぐ』。現実の世界では設定的にありえないのかもしれませんが、僕はああいうドラマチックなものを読むのが好きなので印象に残っています。最後は、金城一紀さんの『映画篇』。連作短篇集でそれぞれに繫がりがあって、最後にみんなが一堂に会する、みたいな。今回好きだった本を思い返して『映画篇』が浮かんだ時に、もしかしたら僕の『金沢浅野川雨情』の最後って、『映画篇』をちょっと参考にしていたのかもしれないと思いました。
――漫画作品はなにが好きでしたか。
城山:『闇金ウシジマくん』が好きでした。これは単にヤンキー漫画で描写がグロいとかそういうことだけではなくて、しっかりリアリティもあって、人間のエゴとか、悲しみとか、弱さとかいろんなものを丁寧に描き出しているのが、実はいちばん読ませるところなのかなと思います。
――その後、小説の執筆はいつ頃から始めたのですか。
城山:30歳を過ぎたあたりから執筆を開始しました。たぶん、今挙げたような作品を読みまくっているうちに、「いつか書こう」という気持ちから「そろそろ書かないといけない」という気持ちに変わっていったんだと思います。
金沢の兼六園のそばに21世紀美術館があるんですが、その前に「おあしす」という喫茶店があって、金子建樹さんという方がオーナーで、2階でずっと文章教室をやってらっしゃったんです。金子さんは金沢のタウン情報誌の先駆けの「おあしす」を創刊した方です。ある時、僕はその金子先生から手紙をいただきまして。「君はプロの作家になれるから、僕のところに来て修業しないか」って書いてあったんです。この方は何を根拠にそんなことをおっしゃっているのか? と疑問に思ったんですけれど、まんまとそれにのせられている自分もいて、気づいたら「おあしす」の門をたたいてしまいました。そこで毎月一作小説を書いて、先生に提出して赤字を入れてもらって直す、ということを繰り返しました。一応、プロを目指す方限定ということで、生徒さんは常時4、5人だったと思いますね。
金子先生は今年の7月に90歳でお亡くなりになったんですけれど、遡って30歳くらいの頃、五木寛之さんがデビュー前に金沢にお住まいになっている時の友人であり、一緒にプロの小説家を目指して切磋琢磨していたそうです。五木さんがデビューして2年後に直木賞を取った時に、やはりプロの小説家になるのはこういう人なんだ、自分には無理だと思って諦めて、タウン情報誌の編集者になったという経緯があって。でもその後、何年も経ってから、やっぱり自分もプロを目指せばよかったという思いがあり、自分はもう年だから今から目指せないけれど、金沢発のプロの小説家を作り出したいと思い立って文章教室を開かれたようです。
結局そこから僕を含めて、たしか3人が世に出たと記憶しています。
――金子先生はなぜ城山さんにお手紙を送られたのでしょうか。なにか城山さんの文章を読む機会があったのでしょうか。
城山:自治体がやっている生涯学習講座の文章教室に、いっとき参加した時期があったんです。原稿用紙3、4枚くらいで文章を書いてみませんか、という感じの。その時に出した文章を見て、金子先生が自治体に僕の住所を聞いて手紙を出してくださったらしくて。不思議だったのは、自治体の講座の時は僕、一回も褒められたことがなかったんです。講座には上手い人が結構いたので、いろんな人に声をかけているのかなと思ったら、どうもそうでもなかったようです。
――金子先生の文章教室で小説を書き始めた時は、どんなものを書かれていたのですか。
城山:最初は結構模索していて、エンターテインメントなんですけれども大人向けのものというか。僕は当時わりと経済に詳しかったので、経済小説が多かったですね。でも、経済小説にこだわっていたわけでもなくて、プロレス小説も書きました。それは地方紙がやっている出版社の雑誌に載ったこともありました。
金子先生からは、得意分野とか好きな分野で書いたほうがいいですよと言われていたんです。先生がよく言っていたのは、お葬式ネタだけはやめなさい(笑)。素人の人って、やっぱり親との死に別れが自分の中でいちばん印象深いので、お葬式のことを書く人がどうも多かったらしいです。
――賞への応募も開始されたのですか。
城山:文章教室に通って2年くらいして、30代半ばの時に初めて最終選考に残り、でもそこから40歳くらいまで、最終選考で落ちることが連続で4回くらい続いたんです。最終選考なので雑誌やネットに選評が載るんですけれど、いつも「ストーリーは面白い。ただ、ストーリーに依存しすぎていて、人間が描けていない」といったことが書かれていました。
今思えば、それがすごく良い経験だったのかなと。今僕の小説を読んでくださる方は、人間ドラマが面白いとか、人間描写が緻密だとか言ってくださるので、最終選考落ちを繰り返していた頃に、自分の弱点だった部分を一生懸命努力したから、プロになってからは逆にそこが売りにできているのかなという気がします。
2013年に第1回日本エンタメ小説大賞に応募したら、最終選考で落ちたんですが、たまたま最終選考の審査員を賞の主催会社のひとつであるリンダパブリッシャーズの社長が務められていて、「これ面白いからうちで出してみない?」みたいにおっしゃって。それで、最終選考落ちした『国選ペテン師 千住庸介』という小説を出版することになりました。実はこれがデビュー作で、その1年後に、『ブラック・ヴィーナス 投資の女神』で『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞するんですが、あれはデビュー2作目です。『国選ペテン 師 千住庸介』はもう絶版になっていて、たまにネットに売りに出ているんですが当時の定価よりも高い値がついていたりして驚いています。
振り返ってみると、僕のデビューというのは、裏口デビューみたいなものですね。これってプロ野球でいうとドラフト指名でデビューしたというより、育成ドラフトでひそやかに入団してちょっとずつ這い上がってきているようなものかなと。そういうのが自分には似合っている気がするし、逆に誇りにしていきたいと思っています。
――『国選ペテン師 千住庸介』は、どんな内容だったのですか。
城山:政府機関の特別職に任命された元ペテン師の男性と犯罪グループとの騙し合いです。実は『ブラック・ヴィーナス』もその延長で思いついた話なんです。その騙し合いに出てくる一人の女性を、もうちょっと面白いキャラクターにしたらどうかなと思って。『国選ペテン師 千住庸介』は、いわば『ブラック・ヴィーナス』を書く準備となった作品みたいな感じですかね。
東証の株価の動きが時限爆弾に連動している、みたいな小説だったんです。東証の中にマネキン人形が持ち込まれて、その中に爆弾が入っていて、マネキンが喋って指示をする、というような。
――面白そうです。
城山:僕ももうちょっと有名になって売れたら、どこかの出版社に押し売りして再販してもらえたらいいなと思っています(笑)。
――『ブラック・ヴィーナス』は、目的のためなら手段を択ばない株取引の天才、二礼茜と、彼女の助手にさせられた百瀬良太が、さまざまな依頼人に遭遇していくスリリングな話です。デイトレーディングのテクニックなども面白かったんですが、詳しかったんですか。
城山:デイトレは詳しくなかったんですけれど、経済ネタはそれなりに詳しかったので。ちょうど僕がデビューする直前の頃って、真山仁さんの『ハゲタカ』がドラマになったり、池井戸潤さんの『オレたち花のバブル組』シリーズがドラマの「半沢直樹」になった直後くらいの頃だったので、経済ネタも引き合いがあったんですよね。
――その頃の読書生活といいますと。
城山:あの頃は、大沢在昌さんの『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』を何回も読み返しました。これは、作家を目指す人間にとって最強のバイブルだと思います。ここに、推敲が大事ということが書かれてあったので、『ブラック・ヴィーナス』は締切日の午前中、郵便局持っていく直前まで推敲に推敲を重ねたのがよかったのかなと思います。その本を読んで大沢さんの『新宿鮫』シリーズにも興味が出てきて読みました。
それと僕は西村賢太さんも好きで。西村さんは僕の故郷の七尾市をなぜかすごく愛してくれて。七尾市出身の作家、藤澤清造の弟子だといって、その方の墓参りにも行かれていたんですよね。面識はないんですけれど個人的に昔から西村さんには惹かれるものがあったので、亡くなられた時も地元の新聞に追悼文を書きました。小説のなかでは『蠕動で渉れ、汚泥の川を』が好きでしたけど、随筆はもっと好きで、『一私小説書きの日乗』シリーズは全部読んでいます。
憧れの小説家が赤川次郎さん以外にも2人いらっしゃいます。30代の時にいろんな小説を読んでいて、すごいなと思ったのが連城三紀彦さんと横山秀夫さん。連城さんの小説でいちばん好きなのは、『恋文』です。これは繰り返し読んでいます。横山秀夫さんの作品はどれも好きですが、なかでも『半落ち』と『64』。このおふたりが本当に好きで、連城さんの城と横山さんの山を取って城山なんです。
――あ、ペンネームの由来はそうだったのですか。
城山:もうひとつは、地元の七尾市に城山(じょうやま)という山があるので。さらにもうひとつ付け加えると、僕は経済小説でデビューしたわけですが、経済小説といえば城山三郎さんもおられるし、いいかなって。
作家デビューしてから読んですごいなと思ったのは、黒川博行さんの疫病神シリーズ。特に『国境』です。北朝鮮の描写が半端なくて、中国経由で北朝鮮に潜入していくシーンがめちゃくちゃリアルなんです。KADOKAWAのパーティーで黒川さんにお会いした時、「『国境』、どうやって書いたんですか?」と聞いたら、黒川さんがニヤッと笑ってピースサインをなさったんです。どういう意味かと思ったら、「2回」って。2回潜入取材をしてきたっていうんです。当時の『国境』の帯を見たら、はっきり「潜入取材2回」と書いてあったので、ここで言っても大丈夫だと思うんですけれど。その時、やっぱり取材って大事だなあと改めて認識しました。僕もどの話を書く時も、取材には力を入れています。
――デビュー後、執筆生活に変化はありましたか。
城山:デビュー前から小説を書いていたので、書くという意味では生活に変化はなかったです。プロデビューしてからターニングポイントになったのは『看守の流儀』ですね。出来上がった時に編集者に「これは絶対に売れます」と言われて「そうかな?」と思って。実際最初はそうでもなかったんですけれども、3か月ほどたって急に売れ出して。いろんな書評家の方も取り上げてくださって、Amazonのミステリー・サスペンス部門で1位にもなって、ドラマにもなって、本当にありがたかったです。
――石川県の加賀刑務所を舞台に、刑務官と受刑者が遭遇する事件が描かれます。連作で各短編の主人公は異なりますが、どれも火石という刑務官がキーパーソンとなっている。
城山:これを書く時に参考にしたのは、清田浩司さんの『塀の中の事情』、堀江貴文さんの『刑務所なう。完全版』、新紀元社の『図解 牢獄・脱獄』、あとは『パリ・サンテ刑務所 主任女医7年間の記録』などですね。
その次に『ダブルバインド』という本格警察小説を書いて大藪春彦賞の候補にもなったんですが、この時に徹底的に警察やマスコミの勉強をしました。一度しっかり勉強しておくと土台ができるので、警察モノもいろいろ書きたいなという気持ちが出てきて、それで元々興味のあった國松長官狙撃事件から着想を得た『狙撃手の祈り』を書きました。この時は『警察庁長官狙撃事件:真犯人"老スナイパー"の告白』という新書を参考にしました。
――参考文献以外の読書では、どのように本を選んでいますか。
城山:直木賞候補になったものはなるべく読むようにしています。「オール讀物」で選評を見るのが結構好きなんです。ある意味答え合わせ的なところがあって面白いし、勉強にもなるなと思って。選評に「文章が美しい」とか、逆に「ここが入り込めなかった」と書かれてあると、自分の考えと比較して、ここは一緒だなとか、そうは思わないけど自分はまだまだ気づかない、実力不足だからかなとか思ったりしますね。本屋大賞作品も読みます。僕の中では町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』が印象深いです。未来屋小説大賞で『看守の流儀』が2位だった時、1位が『52ヘルツのクジラたち』だったこともあって(笑)。
ここ数年で僕がいちばん面白かったと思うのは、小川哲さんの『君のクイズ』。長編作品としては短いのに、ものすごく面白い。テーマもひきこまれました。
――クイズ番組の決勝で、対戦相手が問題の内容を聞かないうちに回答して正解したのはなぜか、という話です。
城山:最近は本を読んでも内容を忘れてしまうことも多いんですが、あの小説は忘れません。
ノンフィクションでは、鈴木忠平さんの『嫌われた監督』。中日ドラゴンズ監督時代の落合博満さんのことが書かれてあるんですけれど、文章描写が小説的で、緊張感がずっと漂っていて、すごい作品だと思います。
最近の作品ではないですが、改めて今読んでみて、やっぱり藤沢周平の時代小説は素晴らしいなあって。印象深いのは『彫師伊之助捕物覚え』シリーズと『蝉しぐれ』、短編では「雪明かり」と「驟り雨」。特に「雪明かり」は世界観が好きすぎて、夜に一人で朗読することもあります。『蝉しぐれ』と「雪明かり」は長篇と短篇の違いがありますけれど、どちらもラブストーリーとしての傑作で、いつか自分もこういうものを、現代を舞台にして描きたいです。
――海外小説は読みますか。
城山:外国のミステリーもときどき読みます。陳浩基『13・67』、ピーター・スワンソン『そしてミランダを殺す』。このふたつが僕は好きですね。
最近のものだと、フリーダ・マクファデンの『ハウスメイド』が面白かったです。映画もよく観ますけれど、最近では「でっちあげ」と「金子差入店」というのが面白かったです。漫画だと極道漫画の『ドンケツ』とか、僕、ジャズが好きなので、『BLUE GIANT』シリーズを継続して読んでいます。漫画に関しては、出るたびに読むのではなくて、1年か2年分ためて、ドーンと大人買いして一気読みする感じです。
――ジャズがお好きなんですね。
城山:ビル・エヴァンスやジョン・コルトレーンはよく聴くし、最近のものだとサマラ・ジョイ、Laufey(レイヴェイ)を聴きます。執筆中は今挙げたアーティストの曲をずっとかけています。日本のアーティストだと、Hゼットリオ、フォックス・キャプチャー・プランが好きで、どちらもわりとエレガントなジャズです。この2組の曲は執筆の合間に聴く感じです。Hゼットリオはつい最近も金沢に来たのでライブに行ってきました。
執筆の気分転換として、少し部屋を暗くしてジャズを聴きながら画集を眺めたりします。お気に入りは『池永康晟作品集 君想う百夜の幸福』です。ほかには版画家の川瀬巴水の画集とかも。実は絵本も好きで、ヒグチユウコさんの『いらないねこ』とかも眺めたりするとリラックスできます。
――一日のルーティンは決まっているのですか。
城山:ジョギングと筋トレを日課にしています。たいてい夕方に走るんですが、今日はこのインタビューの前に5キロ走ってきました。小説家って机に向かう時間が長くメタボになりやすいと思うので、そうならないように気をつけています。どんな仕事でも身体を鍛えないといい仕事はできないと思っています。筋トレは、前はジムに通っていたんですが、行き帰りで時間をロスするので、走った後に家で腹筋や背筋をやるようになりました。小説を書くための時間というのは特に決めていないのですが、無駄に時間をロスしないようにどういう方法がいいのか常に模索しています。
――城山さんは、『狙撃手の祈り』以外は、いつも金沢を舞台にされていますよね。
城山:そうですね。雰囲気が肌身で分かっているところを舞台にするほうが、読み手にもリアリティが伝わりやすいかなというのがあります。でも単に住んでいるからというだけではなくて、金沢ってやっぱり伝統文化とか、街の個性や美しさとか、書くべき題材がいろいろあるので。
日本海側を裏日本と揶揄する言い方が昔からありますが、これは嫌いじゃない。僕は誉め言葉だと思っています。裏側イコールそこに真実があるとも言えますから。名作といわれる小説にも、真実を探っていたら日本海側のさびれた街にたどり着いたという設定がよくありますよね。裏側って、バックヤード、落ち着く場所とも言えますし、別の見方をすると、人間の情念が滞留する場所という気もします。これからも裏日本で書き続けたいですね。金沢には書きたいネタもまだまだころがっているし、想像力も掻き立てられますから。常々思うのは、「まち」と「ひと」が書かせてくれている。そんな気がします。
――『看守の流儀』の加賀刑務所は架空の刑務所ですよね?
城山:一応架空ですが、毎年、某地方刑務所の矯正展には必ず行って、刑務所見学もさせてもらっています。最近、刑務所関係の法律が変わったので、続篇で刑務所の今を描く時は慎重に扱わないといけないと思っています。今後は刑罰の場所というより、更生して外に出てもらうための準備の場所にしていくという、日本の刑務所の大転換点にきているそうなので。
――『看守の流儀』は連作集ですが、最後に驚きの事実が明かされますよね。まさか続篇が出るとは思わなくて、『看守の信念』を読んだら、まあびっくりしました。でもさらなる続篇の可能性があるんですか?
城山:一応あります。このあたりはどの作家さんも悩むところだと思うんです。同じような驚きを期待する読者もいるだろうし、でも、どこかで世界観をぶっ壊さないと次に進めないところもあったりするし。そこは本当に悩むところですけれど、編集者と相談しながら、読者の皆様に楽しんでいただけるような作品を準備していくつもりです。
――そういえば『看守の流儀』の火石、『相続レストラン』でもちょっと名前が出てきますよね。『ダブルバインド』の比留もそうですけれど、作品がリンクしていませんか?
城山:僕の作品をどれも読んでくださっている方へのちょっとしたサービスというか。主役級じゃなくて脇役級でも、普通は気づかないレベルの人たちも複数の作品に出したりしていますね。
――ああ、自分は気づいていないと思います。
城山:たとえば、『看守の流儀』に赤塚という警察官が出てきますが、この赤塚は『ダブルバインド』の比留の部下の警部補なんですね。もっといろいろあるんですが、『金沢浅野川雨情』が出た時に書店員さんに「あの小説のあの人も出てきますよ」と言ったら、「楽しみにしてたのに言わないでくださいよ」と言われました(苦笑)。
――新作の『金沢浅野川雨情』は連作集です。金沢の水引細工店の家族、老舗料亭の料理人、和菓子店の店主などが登場して彼らの人生模様を浮き彫りにしつつ、少しずつ、ひがし茶屋街の芸妓が殺された事件の真相に近づいていく。
城山:物語の舞台となっているこの浅野川、ひがし茶屋街界隈は一年じゅう散歩しています。いつかここを書くぞという思いは、デビューした時からありましたが、一方で、まだ力不足で思いどおりのものが書けないんじゃないかという怖さもあり、ずっとためらっていました。ただ、デビューしてからこれまでいろんな出版社の編集者さんからアドバイスをいただいてきて、そろそろデビューして10年の区切りだし、このタイミングで自分がずっと感じて来た伝統や文化、街の風景を書こうと思いました。
執筆の参考に、井上雪さんの『廓のおんな』や上原浩さんの『純米酒を極める』なども読みましたが、作中に出てくる水引、和菓子、治部煮、箏や三味線、日本舞踏、酒造などは全部、見学しただけじゃなくて、体験もしました。自分で作ったり、鳴らしたりしてきました。
――えっ、それはすごい。
城山:第一景から第八景まで、手に触れていないものは基本ないです。今はネットがありますけれど、やっぱりネットよりも取材、取材よりも体験だと思います。
なかでも、芸妓さんの取材はハードルが高くて、お茶屋さんには女性編集者と二人で観光客を装って行ってきました。作中に、大雨が降って暗くなった部屋で笛を吹くシーンがありますが、あれは本当に自分が行った日に日中から雹が降って真っ暗で雷が鳴っていたんです。そのなかで蝋燭ひとつで笛を吹いてもらったら、本当に幽玄な世界だったので、これは絶対に作品の中に入れたいと思いました。もうひとつ、作中に出てくる和菓子は、実際に洒落のきいたものを和菓子屋さんにお願いしまして、本当に非売品で作っていただいたものなんです。
――今回、このインタビュー記事の著者近影の代わりに使われているのが、その和菓子の写真ですね。作中にも「名前もない和菓子」とあったので、なぜ写真があるのかと思ったのですが、そうだったんですか。
城山:作中では違う名前ですが、実際は「吉はし」という和菓子屋さんです。坂木司さんも『和菓子のアン』の時に取材対象にされたお店のようです。僕は「吉はし」の職人さんの教えを受けながら和菓子も作りました。
新作『金沢浅野川雨情』といえば、物語の中盤に出てくる劇中歌「浅野川雨情」のことでぜひお話ししたいことがあります。僕を担当する各出版社の編集者のみなさんが『金沢浅野川雨情』を読んだあとに、「あの劇中歌をネットで検索したけれど、どこにも出てこなかった。まさか自作ではないですよね」って口をそろえて訊いてくるんです。ここではっきりお伝えしておきますが、あれは僕の完全オリジナルです。あまり劇中歌の話をするとネタバレになるので詳しく話せないんですけれど。
――伝統や文化に携わる人たちのひとつひとつのお話も味わい深く、殺人事件の謎や、浅野川雨情という踊りの謎もあるなかで、どの話にも小豆沢という女性刑事が脇役として登場して、人々の誤解やすれ違いを解いていきますよね。あの小豆沢がものすごく魅力的でした。
城山:小豆沢のキャラクターづくり。これは僕にとって実験的なものでした。今、文芸でもテレビドラマでも、言い方が適切か分かりませんがマッチョなヒロインが鉄板みたいなところがある気がして。自分も『ブラック・ヴィーナス』でそういうキャラクターを書いていますけれど。じゃあそこから一歩進めて、そんなに前に出るわけでもないんだけれど、ちょっと鋭くって、控えめだけど控えめじゃないところもある人はどうかなと思って。それもいきなりドンと登場するのではなくて、章が進むごとのその人の魅力とか、人物像が輪郭を帯びてくる感じにできればいいなあっていう。
嬉しいことに、今おっしゃってくださったような感想をみなさん言ってくださるので、このキャラクターの作り方は成功したんだなと今は思っています。できれば小豆沢はシリーズで続けていければいいなと思っています。
――あと、読むと金沢に行きたくなりますね。
城山:自治体に勤めている友人が、「これは小説だけれどもガイドブックというか、金沢の紹介文みたいになってくれていて、地元の人間としては嬉しい」と言ってくれました。8月にサイン会をした時には、外国人の方も2人くらい来てくださったりもしたので、いずれ翻訳されないかなと期待しているところです。
作品の舞台は基本的にお店の名前などは変えていますけれど、公園などの位置関係は全部そのとおりですし、これは令和7年が舞台なので、実際の「金沢おどり」も物語の日付けどおり9月20日から23日まで開催されています。
――小豆沢の続篇がすごく楽しみです。でもまた、いろんな取材をされることになりそうですね。
城山:どの作家さんもそうだと思うんですけれど、取材したことを全部そのまま書いているわけでなくて、いろんなネタがある中で、自分の中で予選をして勝ち残ったものだけを使っているので、今後も取材したらすぐできるというわけでもないんです。じっくりと、いろんなものを見たり聞いたりしてやっていければいいなと思います。
――では、今後の執筆等のご予定は。
城山:来年は社会派小説で、引きこもりを題材にしたものを出せたらいいなと思っています。内容的には自分のなかではかなりチャレンジングというか、「イヤミス」テイストを含みつつ、今まで描いたことのないような物語になる予定です。既存作品のシリーズ続篇に関しては、『ダブルバインド』の続篇的な作品の予定があります。警察小説は『ダブルバインド』のハード路線があり、小豆沢シリーズのほっこりした感じのものがありと、いろいろと自分なりに試していけるといいなと思っています。
デビュー10年を振り返ると、ここまで発表したのは9作品ですから、ほかの作家さんと比べてけっして多いほうではないです。1作、1作、その時点で自分の持っているものを全部注ぎ込んできたつもりです。そうしないと、生き残れない。自分は楽な立ち位置にいるわけではない。もしかしたら、これで最後になるかもという思いがありましたから。きっと、4回も新人賞の最終候補で落ち続けた人間だから、そう思うのかもしれません。
どの作品も全力で書き上げたものばかりですが、だからといって決して満足したわけでもないです。まだ、もう少しいけたんじゃないか、足りないところがあったんじゃないかと、いつも自問自答しています。でも、そうした思いが、次もっといいものを書こうというエネルギーになっている気がします。
毎回、執筆中はいろいろと実験的な要素を取り入れて試行錯誤しています。ほかの作家の作品でトリッキーなものを見せられると、こういうのもいいなと思うけど、一周まわって、やっぱり描くべきは人の心なのかなと決着します。自分にはこれといった型がないし、読者に楽しんでもらうために変化し続けたいとも思っています。これから先、どんな小説を書いていくのか、自分でも予想がつかないところがあります。