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「統一後のドイツ」書評 「西への追従」が生む特有の意識

評者: 中澤達哉 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月22日
統一後のドイツ:なぜ東は異なり続けるのか 著者:シュテッフェン・マウ 出版社:白水社 ジャンル:政治

ISBN: 9784560091968
発売⽇: 2025/10/01
サイズ: 18.8×1.8cm/230p

「統一後のドイツ」 [著]シュテッフェン・マウ

 日本とドイツは大戦で完膚なきまでに打ちのめされた敗戦国。戦後、双方の国民は強大な戦勝国による占領統治も味わった。とはいえ、日独には決定的な違いがある。日本は米ソ両陣営による分割統治を一度たりとも経験しなかった。東西日本や南北日本は存在しなかった。だからこそ、戦後ドイツを考える際にはやや異なる想像力が必要だ。
 本書の対象は、ソ連占領下で東側陣営に入った東独(ドイツ民主共和国)で暮らした人々の過去と現在。その叙述は臨場感ある解剖学の講義のよう。胸に刺さるのは、統一ドイツ国家の骨格を形容した一言、「東の復興は西への追従」。つまり、東の再建は西を複製することを意味したのである。実際に当時、この事態を「植民地化」と揶揄(やゆ)する言説も現れた。まさに、本書のドイツ語表題Ungleich vereint(不平等な統合)の通り、バラ色の未来などなかったのだ。
 再統一から35年を経た今も、社会構造・文化上の差は残存し、解消の兆しはない。西に富裕層、東に労働者が集中したことで生じる東から西への若年層の大量移動、東の人口上の男性過多、反移民的な右派の伸長等々。ナチズムの過去に対する両者の歴史認識も大きく異なる。本書は、この延長線上に、旧東独人に特有のアイデンティティと旧西独における東独ステレオタイプの形成を見て取る。
 なにより東では代表民主制も根付かなかった。現在、民主的な合意形成が忌避され、反リベラルな右傾化が表面化しているのはそのためだと言う。ゆえに著者は、市民参加型の市民会議を東の人々に経験してもらうことで民主主義の再生を提唱する。ドイツ統一のやり直し論だ。意欲的な提言は意義深いものの、極右のAfD(ドイツのための選択肢)ですらグローバル資本主義の下部構造として機能する今、果たして市民会議は巨大な資本主義に抗(あらが)いながら民主主義を育成できるだろうか。ドイツの実践に着目したい。
    ◇
Steffen Mau 1968年、旧東独ロストック生まれ。ベルリン・フンボルト大教授。主な研究分野は社会的不平等、欧州統合。