わたしたちはまだチョン・ジアを知らない
資本主義の敵
ひょっとして、『資本主義の敵』というタイトルや、作家紹介に必ずあげられる『パルチザンの娘』(発禁作で、両親が智異山を拠点に闘った共産主義武装組織の幹部だったことも表す)の印象から本書をスルーしようとしている人がいるなら、ちょっと待て!と大声で呼び止めたい。自伝的小説はもちろんある。表題作はノンフィクションのような書きぶりだし、「文学博士チョン・ジア」は著者自身が登場するし(温かく笑える)、「黒い部屋」は母やその同志であった女性たちをモデルに書かれたと思われる(重く心に残る)。ほか、記憶を失った男のミステリー的短編、赤ちゃんのようなピンクの足裏を取り戻そうとする老警備員の話、アラスカ狼の血をひくことに誇りを持つ飼い犬が語る物語など。ユーモアと風刺で笑わせながら深く鋭く胸を突く、これほど多様な短編集はちょっとないから。これがチョン・ジアか!大いに楽しんで、長編を手にするきっかけになったらいい。(ヒマール・辻川純子)
久米島での住民虐殺、韓国の作家が小説化
沖縄 スパイ
とてもつらい、厳しい読書体験だった。まさに目を背けたい内容だ。この小説は、太平洋戦争末期、沖縄・久米島で実際に起こった日本軍による住民虐殺事件を取り上げている。すでに沖縄戦の組織的戦闘は6月に終結していたが、島では日本軍の敗残兵たちの恐怖支配が続いていた。日本軍は「スパイ」と決め付けた沖縄人や朝鮮人計20人を惨殺。乳幼児を含む朝鮮人家族の7人は、終戦後の8月20日に殺害された。なぜ罪のない朝鮮人が殺されたのか。そこには沖縄人による朝鮮人差別もあった。日本軍=加害者、住民=被害者と単純に分けられない植民地主義の問題。そこから引き起こされたジェノサイド。関東大震災の朝鮮人虐殺も想起される。私自身、久米島の事件についてほとんど知らず、初めて知ることばかりで強い衝撃を受けた。この歴史をなかったことにしてはいけない。「スパイ防止法」制定が現実味を帯びる中、一読をおすすめしたい。(一乗寺BOOK APARTMENT・北本一郎)
彼女たちの言葉を聞くことから始める
私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない 韓国、女性たちの労働生活史
この本で「名刺を持たない人々」として登場する人々は、自身の仕事を社会や家族から軽んじられてきた人のことを指している。たとえば、主婦。家事がれっきとした労働であることはここ数年では当たり前になってきているものの、それまでは長らく労働としてさえ扱われていなかった。
本書には、そのような立場を生き抜いた50〜70代の韓国の女性たちのインタビューと、彼女たちが生きてきた時代の社会的背景の解説が交互に記述されている。経済状況や性別による役割分担意識、地方と都市の格差など、さまざまな社会の荒波に翻弄されながら、それを生き抜いた人々のインタビューからほとばしる、すさまじいバイタリティをぜひ感じてほしい。
また、読んでいると、自分の親のことや自分たちよりも未来の世代のことを自然と考えてしまう本でもある。「好きなことができる」や「自分のために働ける」社会を考えるうえでも、ぜひ多くの人に読んでいただきたい一冊だ。(本屋裂け目・千葉拓麿)