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服部美法さんの絵本「おふくさん」 笑顔が笑顔を呼び、怖い鬼も思わず“わっはっはっはっはー!”

『おふくさん』(大日本図書)

江戸時代からの縁起物が原点

――「みんな ふくふく まいにち にこにこ」。おふくさんたちは、毎日、にこにこ楽しく暮らしています。そこへ、怖い鬼が「こわがらせてやるぞ!」とやってきて……。おふくさんたちと鬼のやりとりが楽しい服部美法さんの絵本『おふくさん』(大日本図書)。おふくさんたちの、まんまるほっぺとかわいらしい笑顔を眺めているだけで幸せな気分になる。作品の原点は、江戸の昔から描かれている「百福図」だったという。

 大日本図書の編集者の當田さんに、ずっと作品を見ていただいていたのですが、思うようにまとまらず、なかなか出版に至りませんでした。あるとき、當田さんに「絵本とは別に描いている絵を見せて」と言われて、「百福図」を見ていただいたのが『おふくさん』が生まれるきっかけでした。私が描いた「百福図」は、おふくさん(お多福、おかめともよばれる)を100人描いたもので、江戸時代から縁起物として喜ばれてきた題材です。

 当時、私が定期的に個展をしていた「山画廊」(三重県四日市市)のオーナーさんが闘病中で、なにもできない自分に無力さを感じていたときに、「百福図」を知りました。おふくさん一人ひとりの表情やしぐさを見ていたら、自分が笑顔になったことから、オーナーにも笑って免疫力を高めてほしいと願って「百福図」を描きました。それを見た當田さんが、絵本になるんじゃないかって言ってくれたんです。おふくさんの絵本という発想がなかったので驚きましたが、おふくさんを絵本という形で動かしてみようと思いました。

実在のモデルがいるおふくさん

――登場するおふくさんは、100人ではなく、10人に。

 真剣に出版を考えてくださったことが嬉しくて、最初は「おふくさん100人描きます!」という気持ちでしたが、當田さんは10人がいいと。私は「睦月」「如月」と、旧暦の月の名前をつけたいので12人はどうかと提案したら、當田さんに「やっぱり10人の方がいいのでは?」と言われ、結局、持ち帰って考えることになりました。當田さんがそう言うのには何か理由があるはずだと考えていたら、残りの2人を描かないことで絵本に隙間ができる、読者が自由に想像できる余白を残しておくのもいいかもしれないと気づいて、10人にしました。絵本で描かなかった6月の「みなづきさん」と、9月の「ながつきさん」は、どこかへ福をもたらすために旅に出ているという設定に決めました。

 実際に描き始めると、おふくさん10人を描き分けるのが大変でした。10人でも多かった(笑)。ページをめくるごとに10人それぞれがどんな行動をするか具体的に描いていくのが大変で困ってしまって。そんな時に、當田さんから「おふくさん一人ずつに、モデルになる人を考えてみては?」とアドバイスをもらって、一人ひとり考えました。だんだん自分の中でキャラクターができてきて、この場面ならこの子はこうするなとイメージができ、動き出した感じです。

 

『おふくさん』(大日本図書)より

 おふくさんのモデルとして最初に考えたのは母です。私の実家はお寺なんですが、私が小学生のときに小さな保育園を始めました。職員室に「和顔愛語(わげんあいご)」という仏教用語が標語として掲げられていて、「いつも笑顔で優しい言葉を使う」をモットーにしていました。母は、いつもにこにこ笑っていて、まさしく「和顔愛語」という感じの人です。他に、11月の「しもつきさん」は、お笑いトリオ・森三中の大島美幸さんがモデルです。テレビで、大島さんが「小さい頃にいじめられ、その時に、いじめっ子を笑わせてやろうと思ってお笑いの道に進んだ」と話されているのを見て、その発想は「おふくさん」以外の何者でもないと思って、勝手にモデルにしてしまいました。その後、絵本が出版された頃に大島さんのお子さんが産まれて、名前が「笑福(えふ)くん」! もうこれは絵本を贈るしかないと思って『おふくさん』を送ったらお返事をいただいて、今も新刊が出る度に読んでもらっています。

新たな表現方法を模索 伊勢型紙から水墨画へ

――絵のイメージはあったものの、描くのに苦労したという服部さん。

 お話はわりとするっと書けましたが、絵に苦労しました。私は筆や鉛筆で描くことにずっと劣等感があって、19歳のときに伊勢型紙を学んでから、この伊勢型紙を利用したステンシルという技法で絵を描いています。模様をカッターナイフで切り抜いた型紙の上から、筆で絵の具をたたくようにのせていく技法です。でも、當田さんに「この技法では、おふくさんのふくふくしたほっぺたが硬く見えるんじゃない?」って、言われたんです。そんなことはないと実際に描いてみたけど、いくらやってもほっぺたのやわらかさが出せなくて。そこから違う技法や画材を探し始めました。

 

伊勢型紙を使ってステンシルで描いた1枚=服部さん提供

 なかなかコレというものがなくて悩んでいたときに、近所の公民館でやっていた水墨画教室に行ってみて「コレだ!」と思いました。伊勢型紙は、型紙を切って色を重ねてと、気持ちを乗せるまでに時間がかかるので冷静になってしまうところがあるんですが、水墨画はスピード感があって気持ちも乗りやすくて描いていて楽しいんです。新しいことを始められたこともすごく嬉しくて、當田さんにも自分の殻を破ってもらえて感謝しています。それで、やっと絵を描き始められました。

 

柔らかそうなほっぺたは、おふくさんのチャームポイント。同じ絵でも表現方法が変わるだけで印象が変わる=服部さん提供

誰の中にもいる「鬼」 うまくかわして笑顔で過ごしたい

――特に気に入っているのは、鬼がにらめっこで笑うのを我慢しているページだという。

 

『おふくさん』(大日本図書)より

 水墨画の「にじみ」と「かすれ」が上手くいったなと思っています。伊勢型紙の技法では、自分の力だけでコントロールして描いている感覚ですが、水墨画の方は、「にじみ」や「かすれ」のように偶然の力を借りて描けるので、自分が描いているというより、何か描かせてもらっている感じ。新しい自分が見えた最初の瞬間も、このページだった気がします。そのときにしか描けない絵。鬼のひげもリズムに乗って描けました。

――物語のキーパーソンでもある鬼。服部さんは、「鬼」は誰の中にもいるという。

「鬼」は、病気や戦争、自分の中のイライラした気持ちなど、わりと近くにいるものだと思うんです。外からくる鬼もいるけれど、自分の中にも誰かの中にもいる。それに対して、おふくさんたちは、「こわい かおは つまらない! おにさん、いっしょに わらいましょ」と、鬼を笑わせようとします。おふくさんたちみたいに、うまくかわして笑顔で過ごせたらいいなって、自分の願望みたいなものですね。

 

『おふくさん』(大日本図書)より

絵本は文化の結晶

――本作の誕生までに時間がかかったものの、今は絵本の仕事に夢中だという服部さん。絵本作家を目指したきっかけは、図書館だった。

 20代の頃は地元・三重県で小学校の教員をしていましたが、結婚して、夫が転勤族だったので離職しました。東京に引っ越したとき、友達もいなくて、昼間は社宅に一人きり。それまで、いつも学校や実家の保育園に子どもたちがいたので、寂しくて……。誰ともしゃべらなかった日もあって、ホームシックになってしまいました。そんなとき、図書館で何気なく絵本を手にしたときに泣けてきたんです。実家の保育園に小さな図書室があったことも思い出して懐かしくなって、そこから絵本に興味を持つようになりました。その後、子どもの本専門店「メリーゴーランド」(三重県四日市市)が主宰する「絵本塾」に通えることになって勉強することに。絵本は子どもだけのものではなく、大人も楽しめるものと気づいたのも、その頃。奥が深いし、読む度に感じ方が変わるし、文化の結晶みたいなものだと思います。絵本が身近にある生活はすごく豊かなものだと思うので、どんな年代の人でも、いつも手の届くところに絵本を置いてほしいです。

 この先は、ずっとアイデアをあたためていた絵本を作っていきたいです。今も、當田さんが私じゃないと描けないものを提案してくれて、自分らしいものを描けたらいいなと思っています。