秋山訓子さん(朝日新聞社編集委員)
①女性戦士の歴史(サラ・パーシー著、龍和子訳、中央公論新社・4730円)
②“女は自衛しろ”というならば(エリザベス・フロック著、西川美樹訳、明石書店・2750円)
③刻印(松原文枝著、KADOKAWA・1870円)
女子プロレスに出会った半世紀前から、たたかう女性の話にひかれる。今年出会ったたたかう女性たちの本で、書評できなかったものを。①は、隠されてきた女性戦士の歴史を追い、ジェンダー平等について再考させられる。②は、アメリカ、インド、シリアが舞台。警察も裁判所も政府も守ってくれなかった時に、自らの手で問題に対処した女性たち。暴力に対し暴力で応じた、応じざるを得なかったのはなぜか。③は、終戦直後の満州の開拓団で、団を守るためにソ連兵に差し出された女性たちが、ついに声を上げた話。今年映画も公開され、その監督による著作。映画も素晴らしかったが、書籍はさらに分厚く経緯や細部を盛り込み、読み応えがある。彼女たちは何とたたかってきたのか。
有田哲文さん(朝日新聞社文化部記者)
①コメ危機の深層(西川邦夫著、日経プレミアシリーズ・1210円)
②日本政治思想史(原武史著、新潮選書・2035円)
③#東京アパート(吉田篤弘著、角川春樹事務所・1980円)
書評で紹介できなかった本から。
①は何かと分かりにくいコメ問題の総合解説。日本の単位面積あたりの収穫量は低迷しており、背景にはコシヒカリをはじめとする「うまいコメ」の作付け拡大があるという指摘は重い。このままではマユやタバコのように衰退しかねないと著者は警告する。
②は分かりやすさと深さをあわせ持つ政治思想の通史。江戸時代の読書会から、自由民権運動の結社、そして敗戦直後の自主的な勉強会「庶民大学三島教室」へと連なる、この国の公論の系譜に勇気づけられる。
③は東京のアパートを題材にした短編小説集。孤独だが、それゆえ外に向かって開かれている大都会の小さな部屋に、人生を変えるような出会いが訪れる。
竹石涼子さん(朝日新聞社くらし科学医療部記者)
①遺伝子は不滅である(リチャード・ドーキンス著、大田直子訳、早川書房・4950円)
②アザー・オリンピアンズ(マイケル・ウォーターズ著、ニキ リンコ訳、勁草書房・3520円)
③「ふつう」の私たちが、誰かの人権を奪うとき(チェ・ウンスク著、金みんじょん訳、平凡社・2420円)
「利己的な遺伝子」から半世紀。①は、80歳を超えた著者による集大成的な大著。驚くほど豊富な具体例から生物の進化をひもとく。カラーのイラストが美しい。
②は、今に禍根を残すスポーツ界の性別確認検査の源流をたどる力作だ。なぜ女性だけなのか。女性の定義とは何か。科学的根拠に欠けた検査がなぜ続くのか。五輪の陰に排除の構造と組織の論理が見えてくる。
③は韓国の国家人権委員会で働く著者のエッセー。作り話や執拗(しつよう)な要求といった「一見面倒な相談」に忍耐強く向き合うなかで、見えてくるものとは。「ふつう」の私たちの、無関心や無責任さが他人の人権を知らず奪う可能性と、よりどころや救いの意味に、そっと気づかせてくれる。
加藤修「好書好日」編集長
①怖い話名著88(朝宮運河著、講談社・1540円)
②秘儀 上・下(マリアーナ・エンリケス著、宮﨑真紀訳、新潮文庫・各1265円)
③ウロボロスの環(わ)(小池真理子著、集英社・2750円)
ホラー小説ブームは今年も健在でした。「好書好日」でも連載「朝宮運河のホラーワールド渉猟」が人気で、①はその目利き力の土台となる小説観が示されたガイドブックです。エンタメとしてのホラー小説には偏見と差別を助長しかねない設定が多くありましたが、時代や社会の要請とともに変わってきた作品にも目を配っています。②は今年の海外ホラーの収穫でした。オカルティズムに彩られた暗闇のなかを手探りで進むうちに、アルゼンチンの歴史を再編するかのような構造が現れ、ただ物語に身を任せるばかりでした。
怖さは日常のなかにもひそんでいます。③は3人の男女が織りなす人生の転換点を描き出した心理小説です。変えがたい運命に翻弄(ほんろう)されるギリシャ悲劇にも似た構造を持ち、生きることについて考えさせられます。
中村真理子・読書編集長
①言語化するための小説思考(小川哲著、講談社・1210円)
②煌(きら)めくポリフォニー わたしの母語たち(温又柔著、岩波書店・2420円)
③無駄にしたくなかった話(水村美苗著、筑摩書房・2530円)
小説家の頭の中をのぞくようなエッセーを3冊。①は直木賞作家による小説の書き方指南。小説には「法律」があること。知らない世界を堂々と語る方法。文章を書く人すべてが読むべき希少なネタ明かしだ。
②は台湾に生まれ、幼少期から日本で暮らす作家が「私のことば」を手にする記録。台湾では祖父母らが中国語と台湾語と日本語が交ざるおしゃべりで迎えてくれた。多声的な場は温かい。③は表題の豪勢な欧州旅行記が傑作。旅の仲間はみな桁外れの金持ちの外国人。作家の目に映る欲望や虚栄心を楽しんで読んでいると後日談ではっとする。伝えることはなんと難しく、面白い行為か。
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年末恒例、書評委員が選ぶ「今年の3点」をお届けしました。来週の読書面は休み、1月10日から再開します。