萩原ゆみさん「おでん学!」インタビュー しみわたる多様性と包摂
〈さまざまな人種が、オデンのようにそれぞれ固有の形と味を残したまま一ツ鍋の中に入っている〉
初めて米国を旅した司馬遼太郎は、目に映った米国社会をこう表現した。この言葉に刺激を受け、30年超にわたるおでん研究の成果を歴史や地域性の観点からつづった。
「おでんは現代の縮図かなと思って書き始めたんです」
勤務先では広報の仕事をしながらおでんの研究を続けてきた。入社4年目の1994年には、家庭の鍋料理に関するアンケートを立ち上げた。最も食べられた鍋料理の1位には、99年から27年続けて「おでん」が君臨している。
歴史をひもとけば、明治期に専門店が相次ぎ生まれ、昭和には練り製品や簡易だしが普及。コンビニおでんも登場するなど、進化を続けてきた。家庭の食卓から高級店まで舞台を選ばず、主役も脇役もこなすおでんには「場面に応じて自在に姿を変える不思議な魅力がある」と説く。
特に力を込めたのが、おでんが秘めた地域性の分析だ。本州中央部のフォッサマグナを境に調理時間の長短が分かれていることをデータで読み解いた。空気を含んで膨らみやすいはんぺんは短時間調理の東日本で用いられる一方、密な構造のかまぼこは中国・四国以西で使われるといった「ご当地」の背景にも迫る。
各地のおでんを再現するため、料理研究家らと取材を重ねる。その土地の特徴的なおでん種や調理法を発掘した。
7年ほど前、北九州市の旦過(たんが)市場を訪ねた。練り物店でもち巾着にキャベツの芯を刻んで入れているのに気づき、街の人にどんなおでんを食べているかを尋ねてみた。主婦らは「普通です」と口にしたが、これは想定通り。「もち巾着の中にキャベツかなんか入れてます?」と問うと、「ああ、入ってます」。問答を繰り返すうち、地域にしみわたる味が明らかになる。
家庭のおでんとは別の進化を遂げた専門店の味もたどった。これまでに訪ねたおでん屋は「400以上」という。豊かなおでん種が悠々と鍋の中を泳ぐさまは「まさに多様性と包摂の象徴なんです」。(文・伊藤宏樹 写真・岡原功祐)=朝日新聞2026年1月10日掲載