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時の流れと減りゆく靴底 青来有一

イラスト・竹田明日香

 朝方、雨が少し降りましたが、昼前には雲間から青空も見えたので、午後になって外出しました。

 路面は黒ずんでいたものの水たまりもなく、靴が濡(ぬ)れた覚えはなかったのですが、ソックスのつま先がいつのまにか濡れています。

 靴底に穴があるのかもしれないと思ったのは、1年半ほど前、同じような経験があったからで、その時は外出の途中で小雨が降り、急に靴下がぐっしょりと濡れ始めました。

 雨宿りで駆けこんだ商業ビルのピロティで靴を脱いでたしかめたら、靴の裏全体がすり減って薄くなり、踵(かかと)の縫い合わせの部分に、指が一本通るぐらいの穴があいていました。

 靴全体が薄汚れてずいぶんとしょぼくれていて、それを気にもしていなかった無頓着な自分に、あきれもしたし、恥ずかしくも感じました。高価な靴でもなく底に穴があくまで履かなければならない理由はありません。

     *

 毎日、できるだけ歩くようにしています。息が少し荒くなるくらいの、ごく短い距離のランニングもまじえ、走ったり歩いたりの散歩はもちろん、乗り物はできるだけ使わないで、少しばかり遠くても歩くことにしています。

 それも同じウォーキングシューズばかりを使っていて、旅にも履いていくし、野山にハイキングにもでかけて、日々の買い物など外出にも使っています。

 冠婚葬祭や公的な場では当然、黒の革靴を履きますが、足が幅広で扁平(へんぺい)のため、硬い靴はなじむまでに時間がかかることも少なくありません。最近はビジネスシューズも、最初から足になじむ種類が多くなりましたが、今の生活スタイルなら、それほど目立たない靴、大人しいデザインと色調の、あまりごつごつしていない、優しい感じのウォーキングシューズなら、ほぼオールマイティに使うことができて便利です。

 ほんとうはもう一足準備して交互に履いたら、靴の寿命も延びるのかもしれませんが、靴底の減り具合になんとはなしに達成感を感じるという妙な自己満足もあります。

 子どもの頃、消しゴムが小さくなるとか、ボールペンのインクが減るなど、どうでもいいようなことに満足するのに似ているでしょうか。靴裏を見て、踵のあたりがすりおろしたように斜めに減っていたりしていると、ああ、ずいぶん歩いてきたなあという感慨にふけるのでした。

     *

 家に帰って久しぶりに靴の裏を確かめました。

 磯の石をひっくり返す時のようにおそるおそる裏返してみたら、舗装路ばかりを歩いていたせいか、泥を洗い流したようにさっぱりとしていて、合成ラバーの靴底は摩耗したタイヤに似たつるんとした感じでした。

 そこに滑り止めの黒い模様が薄く残っていて、キース・ヘリングのポップなキャラクターをかたどる太い線にも、古代文明の文字のような記号の組み合わせにも見えてきます。
 この靴を履いていたこの1年半、実にいろんなことがありました。去年の春、施設にいた母に会いに行く途中、この靴で空き地のシロツメグサを踏みしめて通いました。母の具合が悪くなり病院に駆けつけたのもこの靴でした。臨終の母の手をにぎり、消えていく息を見守っていた時もこの靴を履いていました。靴底はその間、時の流れに浸食されるように少しずつすり減っていったのでしょう。

 靴の底に目立った穴や破れ目はありませんでしたが、雨の日には水がしみこむので、次の靴を手にいれました。

 新しい靴の使い始めには、親が靴底をマッチの火で炙(あぶ)ってくれたことを思い出しました。

 あの時、炎をいっしょに見つめていたのが、父だったのか、母だったのか、その記憶はもうぼんやりしていますが、一点の黄色い小さな炎はむしろ磨かれたようにくっきりと記憶の中で輝いています。=朝日新聞2025年6月2日掲載