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編みかけに在りし日の母 青来有一

イラスト・竹田明日香

 母がいなくなり、空き家となった実家をたびたび訪れ、処分のための仕分け作業を続けています。なにか黙りこんだような静かな古い家で、ひとりで整理していると時を忘れることもあります。

 高台の、まもなく築50年にもなる昭和の木造の家で、空き家を管理していく負担も考えたら、いずれは「実家じまい」をしなければならないと考えてはいました。
 ひとり暮らしをしていた母が入院をして、そのまま高齢者の施設に入居して暮らすようになってから5年。週に一度は訪れて、ちょこちょこと掃除をして、自分が残してきた相当数の本を手始めに処分し、家や土地の権利関係の書類、預金通帳、家族の写真などのたいせつな書類や貴金属など金銭的な価値のあるものも、置きっぱなしにはできなかったので早くから自宅に保管場所を移しています。

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 今回、葬儀後には、母の着物や布団、日常使っていた手鏡やメガネなどは遺品として供養して整理をしたところでした。

 リビングの黒い革のソファ、テーブル、整理タンス、食器棚などの大型家具と、リサイクル法に従って処分しなければならない家電製品などは、専門の事業者にこれからお願いするしかありません。

 今の状態のまま専門業者に頼んで、こまごまとした不用品もまとめて処分することもできますが、散らかった室内を見まわすと、自分なりに一区切りをつけたと納得できるくらいには整理をしたいとも思います。親しい人間の思い出のものを捨てるのは、自分自身にもうっすらと傷がつくような気もして、ドライに割り切ることができない精神のケアという思いもどこかにないわけではありません。要するに心の問題、これも喪の仕事、母との別れの儀式のようなものなのでしょう。

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 押し入れやタンスのひきだしの奥などを調べ、これは燃えるごみ、これは不燃物、プラごみなど仕分けて袋に入れていくのですが、波打ち際で漂流物を拾うように思いがけないものを見つけることがあります。

 両親の寝室だった部屋の押し入れの天袋に青いプラスチックの衣装ケースが押しこんでありました。前々から気づいてはいましたが、案外と重いし、それほどたいせつなものがしまいこんであるとは思えなかったので、そのままにしていましたが、今回ばかりは開けてみないわけにはいきません。

 ほこりにまみれた重いケースを下ろし、フタを開けたら、古びたタオルケットとかシーツをぎっしり押しこんだポリ袋がつめこんであり、そのひとつの袋から鮮やかな柿色の毛玉がころがりました。

 菜箸に似た長い、背に玉のついた木製の棒針に毛糸がからみ、その先には編みかけの生地がつながったままでした。

 テレビの前にうつむいて座り、くすり指を一本伸ばして、長い棒針をせわしく動かしながら、熱心に毛糸を編む母の姿がふいによみがえってきます。

 高齢になって視力が衰えてやめたのかもしれませんが、30年以上前、還暦ぐらいまで、母はよく編み物をしていました。石油ストーブにかけた薬缶(やかん)はしゅうしゅうと音をたて、テレビはつけっぱなしで、夜更けに「見ないのなら消したら?」と声をかけたこともありました。ひと編み、ひと編みに時を忘れて熱中していたのでしょう。

 マフラーかセーターか、自分のものか、だれかのプレゼントなのか、今となってはわかりませんが、母の満ち足りた時間が毛糸とともにそこに編みこまれたはずです。

 艶(つや)やかさを失わない柿色の毛玉と長い棒針を手にして、在りし日の母をぼんやりと思い返しているうち、日もいつしか傾きはじめていました。家の整理もこれではなかなかはかどりそうにありません。=朝日新聞2025年2月3日掲載