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仏前、とけ合う感謝と祈り 青来有一

イラスト・竹田明日香

 子どもの頃、月に一度、わが家ではお坊さまにお経を読んでいただいていました。学校から帰ってきたら、朗々とした読経の声が響いていて、神妙な顔で家族のかたわらに正座することもありました。

 お経は、御仏の名を唱える念仏のほかにはよくわかりませんが、時々、「あなかしこあなかしこ」と唱える声が妙に耳に残ります。蓮如上人の手紙「御文章」だったのでしょう。

 子どもはすぐにまねします。牛乳を飲んでは「あなかしこあなかしこ」、朝寝坊しては「あなかしこあなかしこ」、母に叱られ「あなかしこあなかしこ」。弟とふたり口癖のようにまねをしていたことがありました。「あなかしこ」が御仏に感謝の祈りをこめた「なんと畏(おそ)れ多いことか、なんとありがたいことか」という意味だと知ったのはずっと後のことです。

 当時、父と母と兄弟2人の4人に、父方の祖父と母方の祖母が同居し、3世代6人が木造の古びた長屋といった趣の借家に住んでいました。

 立派な日本家屋ではなかったのですが、昔の家の造りは大きく、畳が広い。天井も高く、座敷など家の中に薄暗い空間がぽかんと広がっている感じでした。その座敷に仏壇を置いていたのです。

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 今の仏壇は家具調の色やデザインも多様になりましたが、当時は黒塗りの箱そのもので、内は金色に荘厳され、ロウソクをともすと、お内仏のお顔も輝いて、まさにきらびやかな極楽浄土でした。

 ふすまの上の天井近くには父方の祖母、曽祖父の白黒の肖像写真がならび、父方の祖母にはずいぶんとかわいがってもらったのですが、幼くてまったく記憶になく、写真は見知らぬ人たちばかりでした。

 夏休みの午後、扇風機に吹かれて一眠りして、まわりにはだれもいない仏間で目覚め、金色に輝く仏壇と見知らぬ老人たちの写真が急に恐ろしくなったこともあります。

 朝、お供えの花を替え、仏飯などを供えていたのは母方の祖母でした。祖母はロウソクを灯(とも)し、線香をたいて合掌し、御経を唱えるだけでなく、なにかしきりに語りかけています。夫や祖父母と話しているのだと思っていましたが、今、考えると7人いた子どもの下から2番目の娘の家に同居した祖母に血縁の祖先はいません。

 本来、御仏壇は御仏をまつって、御経を唱え合掌して、それぞれの信仰を深める心のよりどころです。先祖供養のためのものではなく、信仰心があつい祖母は、御仏にまっすぐに語りかけていたのかもしれません。

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 長い時が過ぎ、私がお内仏を受け継ぎ、今は木目の浮き出したオーク材の仏壇をマンションの狭い和室に置いて、朝夕、合掌しています。父の命日の5月と暮れの年2回、御経を上げていただいており、父の16回忌の先月も見事なバリトンボイスといっていい声のお坊さまに読経していただきました。

 今年はちょうど露店で見つけた、淡い青とピンクの花が鈴なりに咲くツリガネソウを菊とともにお供えしました。ツリガネソウの花ことばは「感謝」。清らかでかわいらしい花のもと、ほほ笑む父の写真をながめ、念仏を唱えながらも「ありがとう」と語りかけている自分がいます。わが胸中では御仏の祈りと先祖供養がやはり混然ととけ合っているようです。

 御経が終わるとお坊さまとしばらく話をします。最近、お寺には「墓じまい」の相談が多くなったそうです。お墓はまさに先祖供養の場で「家」の存続が大きく関わってきますが、1人世帯も増え、急激に家が変わってきているのでしょう。

 これから私たちの信仰心や先祖を敬う心はどう変わっていくのか、そんなことを語り合った後、お坊さまはヘルメットをかぶり、バイクに乗って、五月晴れの青空のもと次の家に去っていかれました。=朝日新聞2024年6月3日掲載