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3・11から15年、原発政策と社会構造 推進・反対を超えた取り組みを 鈴木達治郎

東京電力福島第一原発の(左から)1、2、3、4号機=1月28日、浅野哲司撮影

 3月11日に東京電力福島第一原子力発電所事故から15年を迎える。果たして、日本の原子力政策は事故の教訓をふまえて、構造改革に成功したのだろうか。

 昨年発表された「第7次エネルギー基本計画」では「可能な限り原子力依存度を低減する」という文言が削除され、原子力発電を「最大限活用する」との政策に転換し、「次世代革新炉の開発・設置」も事故後初めて記述された。これは、「原発回帰」の政策と呼ばれているが、実は事故前後で原子力を取り巻く社会構造は全く変化していないのではないか。政策の是非を考えるだけではなく、原子力に関わる日本社会の「構造」を考え直してみる必要がある。

安全文化の対極

 高木仁三郎『原発事故はなぜくりかえすのか』(岩波新書・品切れ、電子書籍あり)は、原発事故が単に技術的要因で起きるのではなく、原発を取り巻く組織(電力会社、メーカー、学界、政府官庁など)の「構造」が、事故を引き起こしているとの主張を、自らの体験を通じて明らかにしている本だ。高木は、原子力事業者に勤めていたときから、原子力を取り巻く組織に特有の文化があることにきづき、それを「議論なし、批判なし、思想なし」と表現して、本来の「安全文化」の対極にある組織構造を指摘している。

 高木は、原子力資料情報室の代表として、市民運動に一生を捧げ、本書を執筆後、病でこの世を去ることになるのだが、まさに渾身(こんしん)の「遺言」として現世代の人間は読むべきだろう。

 池内了『新潟から問いかける原発問題 福島事故の検証と柏崎刈羽原発の再稼働』(明石書店・2640円)にも、同様の問題意識が現れており、最近では浜岡原発でのデータ不正などを見れば、その構造は今も変わっていないことを実感させられる。

 山本義隆『核燃料サイクルという迷宮』(みすず書房・2860円)は、核燃料サイクルという、日本の原子力政策の「要」ともいうべき政策に焦点をあて、歴史的経緯や国家プロジェクトとしての特徴を詳細に分析した良書である。

 山本は、核燃料サイクルや原子力政策の背後には「核ナショナリズム」とも言うべき、国家主義的発想があるため、経済合理性や社会受容性などは置き去りにされがちだ、という結論を導いている。原発と核燃料サイクルの推進は、実は「潜在的核抑止力」を狙う国家にとって不可欠である、という山本の分析は重い。ここにも、原発政策に潜む「構造的問題」が存在する。

「負の遺産」にも

 尾松亮『廃炉とは何か もう一つの核廃絶に向けて』(岩波ブックレット・682円)は、福島第一原発の廃炉問題が焦点だが、より広く原発がもたらした「負の遺産」に対する政府の取り組みの本気度を問う重要な本だ。米国のスリーマイル島事故や、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の教訓を題材に、福島原発の廃炉の課題を浮き彫りにしている。その中身を見ると、法制度、技術評価、責任の所在、コスト負担、意思決定プロセスの問題など、原発政策に共通の課題が顕著に現れている。

 この問題は、原子力政策を推進してきた政府の責任でもあり、原子力発電を使用してきた我々国民全体も考えなければいけない課題である。推進には力を入れるが、負の遺産への取り組みには消極的な政府の姿勢を著者は鋭く批判する。核のゴミ問題と同様、原発の推進・反対に関わらず、取り組まなければいけない課題である点を、読者も一緒になって考えることが必要だ。

 最後に、著者が、「負の遺産」に世代を超えて苦しめられるのは、核兵器問題ともつながると指摘している点は、評者も全く同感である。「もう一つの核廃絶」という副題も著者からの深いメッセージだ。=朝日新聞2026年2月28日掲載