- 『水中遺跡はそこにある』 佐々木ランディ著 ちくまプリマ―新書 1320円
- 『江戸町奉行所 与力・同心の世界』 滝口正哉著 岩波新書 1056円
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歴史研究の醍醐(だいご)味は、確かな根拠(史料)に基づいて、忘れ去られた過去の人々の姿や失われていた世界を蘇(よみがえ)らせることにある。既知の史料を新視点で読み直すこともあれば、未知の史料を発見することもある。未知の新史料は実は身近な場所に溢(あふ)れていて、私たちが守り伝えていくことができる。その事実に気づかせてくれる2冊を紹介したい。
日本各地の水中に残る遺跡を紹介する(1)は、第一線の水中考古学者が語りかけるような平易な表現で綴(つづ)った良質な入門書だ。日本列島は水中遺跡の宝庫で、海洋文化と不可分である。対象は沈没船や水没集落、祭祀(さいし)跡などで、海底のみならず湖底の例も多い。たとえば本栖湖の湖底に沈む遺跡の形成には、864年の富士山噴火との関連が推測されている。自然災害の痕跡を刻む遺跡も多い。列島の自然と人間の歩みを、遺跡そのものが静かに物語っているようだ。
(2)は時代劇でお馴染(なじ)みの江戸町奉行所の与力・同心たちの世界を復元する。著者が学芸員時代、古典籍のオークションで発見した古文書などを読み解く。ここまで具体的な実態が分かるのかという驚きに満ちた一冊だ。治安維持のみならず、市政業務や組屋敷での生活、深い教養に基づく文化活動など、意外な横顔をもつ彼らが、明治維新後、「江戸」をいかに語り継ぐのか。著者の発見した原胤昭(たねあき)旧蔵資料の成立にも筆致が及ぶ。史料の来歴そのものが、歴史とは何かを私たちに語りかけている。=朝日新聞2026年3月21日掲載