- 深町秋生『血は争えない』(双葉社)
- 三上延『ビブリア古書堂の事件手帖V ~扉子と謎めく夏~』(メディアワークス文庫)
- 法月綸太郎『法月綸太郎の不覚』(講談社)
人間の気質や特徴は血統によって受け継がれるという意味の諺(ことわざ)をタイトルとした深町秋生『血は争えない』は、平成22年、東京地裁で、暴力団組長だった不破隆次に判決が下されようとしている場面から始まる。不破は裁判長に暴言を吐き、刑務官を殴りつけるなど大暴れした果てに退廷させられる。本書はこの凶暴極まりない男の人生を追う物語である。
時は遡(さかのぼ)って昭和45年。母に先立たれ、父に会うため上京してきた15歳の不破は、後に「歌舞伎町の狂王」と呼ばれるようになるとは想像もつかない朴訥(ぼくとつ)な少年として描かれる。彼の父は、歌舞伎町の有力者・王大偉(おうたいい)だ。不破は王一族を裏社会から支える立場を選び、異母兄・近藤傑志(まさし)の片腕となって次第にのし上がってゆくが、ある事実を知ったことが彼の運命を大きく動かす。昭和から現在に至る時代の変遷を背景に、血統に呪縛された男の破滅的な生涯を描ききった力作だ。それにしても、『血は争えない』というタイトルに含まれたニュアンスのなんと複雑で皮肉なことか。
三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖(てちょう)」シリーズは、鎌倉で古書店を経営する篠川栞子(しおりこ)を探偵役とする物語として始まったが、現在は栞子の娘の高校生・扉子(とびらこ)が主人公の新章に突入している。新刊『ビブリア古書堂の事件手帖V ~扉子と謎めく夏~』では、栞子が海外にいるあいだ、ビブリア古書堂に相談が持ち込まれる。
両親不在の際は古書に関する相談を引き受けてはいけないと言われている扉子だが、謎に惹(ひ)かれてしまうのはやはり母譲りの気質だろうか。古書にまつわる謎解きは今回も魅力的で、人気シリーズを追う楽しさを堪能させてくれる。しかし、栞子の母で扉子にとっては祖母にあたる智恵子が、またもや謎めいた動きをしているのが不穏だ。篠川家三代の女たちの物語がどう着地するのか、シリーズの行く先が気にかかる。
篠川家と比べると、法月綸太郎(のりづきりんたろう)『法月綸太郎の不覚』に登場する法月家はかなり平穏である。推理作家の綸太郎(作者と同名)が、警視庁の警視である父・貞雄が持ち込んできた難問を安楽椅子探偵として解決するという、このシリーズの短篇(たんぺん)集ではお馴染(なじ)みのスタイルだ。今回は怪談じみた事件が多いが、不可解で錯綜(さくそう)した謎を意外な角度から解き明かす綸太郎の推理を楽しめる。
しかし第三話「次はあんたの番だよ」では、部外者である綸太郎に警察の捜査情報を漏らすのは公務員の守秘義務に抵触する可能性があるとして、親子間の会話を録音せざるを得なくなっている。ミステリーの世界では昔から当たり前に行われてきたことがコンプライアンス違反に問われるのだから、令和の名探偵も大変である。=朝日新聞2026年5月27日掲載