“可愛い怪物”に操られる人たち 阿泉来堂さんの侵略ホラー「忌み児の町」インタビュー
――今春発売の『くがいの聲』(産業編集センター)ではゾンビもの、昨年刊行の『冥船ステラ・ブルー』(同)では海洋ホラーと、一作ごとに異なる題材に挑んできた阿泉さんですが、最新作『忌み児の町』でもまた新たなチャレンジをされていますね。
いわゆる“侵略もの”のホラーを書いてみました。出発点になったのは“可愛い怪物”というアイデアです。僕はあまりペットを飼った経験がないのですが、だからこそペットを溺愛する人たちのことが不思議に思えることがあって。わが子のように可愛がったり、ペット入店禁止というお店にも連れてきたりする。この何かを可愛がるという気持ちはどこから湧いてくるんだろうという疑問から、もし自分を可愛いと思わせることで他者をコントロールする生物がいたらどうなるだろう、という発想に繋がっていきました。
――舞台となるのは高原市葦根町。古い街並みが再開発され、新しい戸建て住宅が並ぶようになったニュータウンです。阿泉さんの作品では小さな町や村など、閉ざされた空間が舞台になることが多い印象ですが。
ずっと地方住まい(北海道在住)なので、都会よりも小さな町や村の方がイメージしやすいんですよ。それに現代社会でホラーやミステリを書くのはなかなか大変で、どこに行っても監視カメラがあるし、みんながスマホを持っているので、あり得ない出来事を矛盾なく成立させるのが難しくなってきています。それでデジタルの監視の目があまり行き届いていない、郊外の田舎町や村を舞台にしがちという事情もあります。
――主人公の高校生・霧山誠一は、学校を3日続けて休んでいる同級生の家を訪ね、彼女の様子に違和感を抱きます。一方、刑事の久我、中学校教員の松坂もそれぞれ町内で異変が起きていることに気づき始めていました。徐々に明らかになっていくスモールタウンの危機。スティーヴン・キングの作品などを彷彿とさせる展開ですね。
代表作の『IT』(小尾芙佐訳、文春文庫)などを読んでいて感じるのは、キングは子どもの描き方が抜群にうまいですよね。同じ町でも大人と子どもでは見え方が全然違う。子どもの目には町の恐ろしい部分、ダークな面が見えていて、それがホラーを生む重要な要素になっている。今回はまさにキング的な田舎町の話ですし、やはり影響はあると思います。
――誠一は2年前、自然災害によって弟の陽太を亡くしており、自分が生き残ったことに負い目を感じています。
この物語の主要登場人物は、みんな心に傷を負っていたり、満たされないものを抱えていたりします。久我や松坂、そして青崎七海という引きこもりの中学生もそう。その後ろ向きの気持ちが、事件の中でどう変化するかを描きたいと思いました。誠一は自分が生きていていいのか悩んでいるわけですが、絶対的な危機に直面することで、生きることに前向きになっていくんです。
――誠一たちはやがて町の住人たちを操っている生き物の存在に気づきます。ずるずる、びちゃびちゃと音を立てて動く、なんとも気味の悪い生き物です。
人間の意識を操って、自分を可愛いと錯覚させるからには、できるだけ可愛くないビジュアルにすべきだと考えました。一般に可愛いと言われるものは、たいてい毛がふさふさしているので、逆にびちゃびちゃしたものがいいだろうと(笑)。生理的に嫌悪感を抱いてしまうような見た目を考えたら、ああいう感じになりましたね。後半で成長した姿も描かれるのですが、手足が生えて自立するような形状にはしたくなかった。あくまで人間を操って移動するという形にしたかったので、タコというかクトゥルフというか、海の生物寄りになりました。
――侵略ホラーにはジャック・フィニィの小説『盗まれた街』(福島正実訳、ハヤカワ文庫)やその映画化である『ボディ・スナッチャー』、キングの『呪われた町』(永井淳訳、文春文庫)や『ドリームキャッチャー』(白石朗訳、新潮文庫)など名作が数々ありますが、それらとの差別化については?
もちろん先行する作品は楽しく観ているんですけど、常々疑問に思うところもあって。モンスターを退治したら操られてた人たちが、何事もなかったように元に戻るじゃないですか。でも体に寄生されていた場合、そう簡単には元に戻れないと思うんですよね。そこで自分の作品では、モンスターは人間をコントロールしても同族にはしない。あくまで人間は餌であり、移動手段であるという点にこだわりました。侵略ホラーの面白さはゾンビものと同じく、昨日まで親しかった家族や友人が言葉の通じない存在に変わってしまうところ。その怖さやショックにももちろんこだわっています。
――誠一と七海、久我と松坂の4人は侵略者から町を守るために協力し、事件の真相へと迫っていきます。この4人のチーム感が実にいいですね。
あの4人の関係性には僕も憧れを抱きます。今の世の中、お隣さんが何の仕事をしているのかもよく分からないですし、年の離れた人と一緒になって何かをする機会って、仕事以外ではほぼ失われていますよね。だからこそ年齢も職業もばらばらの4人のチームワークは魅力的に映るのかなと。松坂には大きな秘密があることが後半明らかになるんですが、その扱いについては結構悩みました。物語を通して4人のことを好きになってもらいたかったので、できるだけ後味の悪くない描き方にしています。
――物語は中盤からギアをあげていき、手に汗握るクライマックスへとなだれ込んでいきます。怪物がとても手強いので「これは人間には倒せないんじゃないか」とも思いました。
怪物のボスをどうやって倒すかはかなり悩みました。誠一は武器らしい武器を持っていないですし、だからといって太陽の光などが弱点というのもありきたりすぎる。一般家庭にあるもので倒さないといけないので、呪いの土とか聖水を使うわけにもいかなくて、なかなか困りましたね。最終的に昔住んでいた家に据え置かれていたあるものを思い出して、納得のいく解決方法にたどり着きました。
――クライマックスをはじめとして怖いシーンが目白押しですが、ご自分で気に入っている場面はありますか。
高校を休んでいる同級生の家に誠一と久我が入っていくところです。キッチンに大量の肉や加工食品の容器が散乱していて、どう見ても様子がおかしい。その時点でヤバいという感じがしますが、寝室からぴちゃぴちゃという音が聞こえてきて、絶対悪いことが起こっているその部屋の様子を覗かないといけない、という展開は書いていて楽しかったです。
――あそこは良いですね。黒い生き物を可愛がる父親の姿には、なんとも鬼気迫るものがありました。
知らない人の家に足を踏み入れるという時点ですでに緊張感がありますよね。全体にそういうドキドキ感、何が出てくるのか分からない感じを楽しんでもらえる作品になったかなと思います。
――海外のモダンホラー小説やホラー映画の影響を色濃く感じさせる阿泉さんの作品は、モキュメンタリー系のホラーが流行している昨今、存在感を放っているようにも思います。
トレンドはあまり気にせず、自分が面白いと感じるものを書いてきたつもりですが、いくら僕が面白いと思って書いても、そうした作風を好む人が少なければ本は売れないわけで、悩ましいところです。ただ今はこれが売れているとか、波が来ているから乗っかろうとか、そういうことばかりしているとホラー界が斜めに傾いてしまうとも思うんですよ。書店にモキュメンタリーが並んで売れているのは良いことですが、ホラーというジャンルはもっと幅が広いもの。みんな自分の好みに従って、色々書くべきだと思いますね。ホラーには廃れさせちゃいけない背骨のような部分があって、僕はそこを保っていきたいですが、一方で最先端のホラーを書ける方にもいてもらいたいですし、ともにホラーを盛り上げていけたらいいなと思います。
――阿泉さんの作風は王道のエンタメホラーですから、流行り廃りとはあまり関係がないですね。
そう言っていただけると嬉しいです。スティーヴン・キングが面白いのもそこだと思うんです。たとえば『ミザリー』(矢野浩三郎訳、文春文庫)の怖さって、昭和でも平成でも令和でも通用すると思うんですよね。鈴木光司さんの『リング』(角川ホラー文庫)にしても、ビデオテープをダビングするという行為は伝わりにくくなっているかもしれないですが、1週間後に死が迫ってくる怖さは普遍的なもの。できるできないは別として、そこを目指すべきだろうなと。10年後、20年後にたまたま僕の本を古本屋で見つけた人が「面白い」と言ってくれるようなものを書きたいですね。
――阿泉さんが一番影響を受けた作家は?
海外作家だとキング、日本作家だと綾辻行人さんです。綾辻さんはもちろん本格ミステリの巨匠ですが、僕は綾辻さんのホラー作品にものすごく影響を受けています。『Another』(角川文庫)は学園ホラーの名作ですし、『殺人鬼』(同)には趣味を決定づけられました。一人の作家を神格化してしまうのもどうかと思うんですが、僕の中では頂点に位置する存在ですね。でもいくら頑張っても綾辻さんにはなれないし、なる必要もないですから、僕は自分なりの作品を書くべきなんだろうなと考えています。
――デビュー作『ナキメサマ』(角川ホラー文庫)以来、発表しているほぼすべての作品がホラー系です。阿泉さんがホラーにこだわる理由とは。
私生活でもホラー作家をしていると言うと「ああ……」という反応をされることが多々あって(笑)、やっぱり怪しいジャンルだと思われがちなのですが、人を傷つけることが楽しくてホラーを書いているわけでは決してないんです。残酷なシーンや気持ち悪いシーンも、心を揺さぶるために必要だから書いている。
いつの時代も人間には恐怖を求める気持ちがあって、ホラーはそれを手軽に楽しむことができるジャンル。恋愛ものとかミステリとか色んな小説のジャンルがある中で、ホラーも絶対に存在すべきものだと本気で思っています。しかもホラーは怖いだけじゃなく、感動できたり勇気を与えてくれたりする。僕の作品を通して、そう思ってくれる読者が一人でも増えてたら嬉しいんですが。読書離れだとか出版界の危機とか言われる時代だからこそ、もっとがんばらなければと思います。