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「人はなぜ言葉を話すのか?」 信頼と協力が生んだ奇跡的成功 朝日新聞書評から

評者: 井手英策 / 朝⽇新聞掲載:2026年06月06日
人はなぜ言葉を話すのか? 「言語の起源」をめぐる人類の物語 著者:スヴェルケル・ヨハンソン 出版社:SBクリエイティブ ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784815639617
発売⽇: 2026/03/29
サイズ: 3.4×18.8cm/552p

「人はなぜ言葉を話すのか?」 [著]スヴェルケル・ヨハンソン

 情報量は巨大。でも一度読みだしたら止まらない。そんな愉快な本と出会った。
 著者は言語学と物理学に通じ、Bot開発者の顔も持つ博学多才の研究者だ。テーマは言葉の起源。だが本書は、推理小説のようであり、壮大な人類史のようであり、心温まる人間論のようでもある。
 言葉はある日突然生まれたのではない。著者は、脳の突然変異に起源を求めるチョムスキー流の説明に疑問を投げかける。言語の起源をホモ・サピエンスに閉じこめる議論とも距離をおき、ネアンデルタール人との種の交流に光をあてる。慎重かつ中立的な立場からの通説批判。だが素人の私にとって魅力的だったのは、つまびらかにされる事実の一つひとつが人間理解のヒントになっていた点だ。
 著者は、人間の特異性のひとつとして言語能力を位置づける。ハチのダンスや鳥のさえずりのように、多くの生物が情報を伝える能力を持っている。だが、過去と未来を語り、言葉で偽りの命題を組み立て、噓(うそ)をつく力を駆使しうる点で、人間の能力は他と一線を画している。
 言葉の進化を支えた重要な条件は協力と信頼だ。骨盤が小さく、脳が巨大化した人間は、出産時に周囲の助けを必要とする。種の存続条件に協力と信頼があり、協力しあうから対話が求められ、言葉の発達が後押しされる。信頼を土台にするからこそ、噓が高度な駆け引きに用いられ、社会を複雑にしながらも、秩序の維持を可能にしている。
 言葉の進化は、出産と育児をめぐる共同関係とも深く関わる。人類進化は、狩猟や競争といった男性中心の物語としてしばしば描かれる。だが食料確保や競争だけでなく、子どもを育て、知見を伝承する共同の営みこそが、言葉の進化を支える大きな原動力だったと著者は強調する。
 遺伝子と環境の関係もおもしろい。遺伝子はタンパク質の生成に関わり、タンパク質の一部は、遺伝子が適切な時と場所で働くよう制御する。遺伝子がもたらすのは、言語を機能させる条件であり、すべてを決めるのではない。他者とのコミュニケーションを育みやすい個体や集団が環境のなかで有利となり、その積み重ねが言葉を進化させた。
 本書は科学の書だ。現代社会については語らない。だが、膨大な事実の先には、人類の奇跡的成功が信頼と協力を必要とした現実がクッキリと浮かんでいる。過度な競争と個人主義が社会の連帯をむしばんでいるが、よりよい未来の可能性は対話と協調のうちにひらかれている、本書は人間の本質に触れつつ、そんな実感を与えてくれる一冊だ。
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Sverker Johansson スウェーデン出身。素粒子物理学から言語学の研究に転向。06年から言語の起源と進化に関する国際学術会議「EVOLANG」に参加。ウィキペディア記事の自動生成プログラム「Lsjbot」を開発。
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今井むつみ監訳 大久保彩訳