ISBN: 9784797674804
発売⽇: 2026/04/24
サイズ: 13.1×18.8cm/272p
「この家で死にたいと母は言った」 [著]澤田康彦
私の父は3年前、介護施設で亡くなった。享年89。見舞いのたび、「家に帰りたい」「家で死にたい」と訴えるのだが、まだコロナ感染の収束が見えなかった時期で、望みをかなえることはできなかった。
「この年齢になると、生きとるのが時々しんどくなる。死ぬっちう仕事はお前が思っとるより百倍むずかしい」。父がそうつぶやいたのは亡くなる半年ほど前。ふだん説教くさいことを言わない人だったが、人生の最終ステージの大変さだけは万事にのんきな息子に教えたかったようだ。
本書で丹念につづられているのは、3年前に94歳の母を自宅で看取(みと)った著者の思い。ステージ4のがんと宣告されてから3年に及んだ介護の日々である。
在宅医療、介護保険、緩和ケア……。著者はそれらの「使い勝手」を軽やかな文章で描き出す。と同時に、「大切な人をどう送るべきなのか」という哲学的な問いにも読者を引き込んでいく。
住み慣れた家に最期までいたいと遠慮がちにつぶやく母。がんの手術を勧めても「あたしはもうええねん。ゆっくりしてたいわ」。著者と家族は、本人のそうした言葉にとまどいつつも、何とか希望をかなえようと手を尽くす。
「この二〇年で日本人が失ったのは、『大切な人を何もせずに見ておく』っていう力。それがなくなった」。在宅診療医との会話から、著者は思考を深める。いまの母に必要なのは、全医療を駆使した1分1秒の延命ではない。かといって一切の入院や入所を拒む在宅至上主義も違う。その間のどこかにきっと本人が納得できる最期の迎え方があるはずだと。
「92歳になると、生きるのに飽きてくる。そうなるって。飽き飽きする日がいっぱいある」。亡くなる前、著者が母から言われた言葉だ。
その一節を目にした瞬間、耳の奥で聞こえたのはわが亡父の声。私の涙腺はあえなく決壊した。
◇
さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者、エッセイスト、「暮しの手帖」元編集長。『ばら色の京都 あま色の東京』など。