ISBN: 9784778341015
発売⽇: 2026/05/27
サイズ: 18.8×2.3cm/340p
「新幹線から見えたすき家へカレーを食べに行く」 [著]スズキナオ
新幹線に乗り、車窓の景色を眺めていると、遠くのほうに何か気になる建物がある。あそこに行ったら何があるんだろうかと想像する。
ここまでは誰でも経験があるだろうが、本書の著者は、本当にそこに行ってみる。建物の場所を頑張って特定し、そこへの道のりをとぼとぼと歩く。そして遂(つい)にたどり着いて、後ろを振り返ると、猛スピードで走り去る新幹線の姿が遠方に見える。少し前に自分はあれに乗り、ここを通り過ぎていったのだ。――著者の筆に運ばれてその情景を追体験すると、妙にせつない感覚が立ち上ってくる。
本書に収録された23本のエッセイは、日々の生活においてせわしなく回る時計のスピードをいったん緩めて、そのときに見える情景を私たちに教えてくれる。たとえば、著者はあるとき旅先の駅前で、年季の入った良い雰囲気の食堂を見かける。とても気になる。なので後日、その食堂を目当てに実際に行ってみる。ただし、定休日くらいは調べるけれど、お店に電話をして当日開いているかどうかまではチェックしない。運よく開いていればとても嬉(うれ)しいし、閉まっていれば周りを散策すればいい。その姿勢は、こわばったこだわりというよりも、むしろ日常を遊ぶ構えにほかならない。
次は5年後という長いスパンで、友人と豪勢なすき焼きを食べたり、空っぽの大きな段ボールを、四人の大人でただ運び続けたり。どれも、日常に遊びをつくる行為だ。そこには穏やかな可笑(おか)しみとともに、やはりどこかせつなさが宿る。
著者はいつも、日常のなかの遊びの様相を、そして、それが終わって消えゆくさまを、惜しみつつ自然に受けとめ、見届ける。この、優しくも芯の強い精神が本書の基層にあるからこそ、読者も過剰に感傷的な態度に覆われることなく、生活というものを愛(いと)おしむまなざしを取り戻すことができるのである。
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1979年生まれ。フリーライター。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』『家から5分の旅館に泊まる』など。