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偶然と確率 柴崎友香

 掲載されるころには状況が変わっているかもしれないが、この原稿を書いている今、ニューヨークで改築工事中の高層ビルが一部倒壊の危機にある。

 SNSに流れてきたニュースで気になって記事をいくつか検索すると、マンハッタンの国連本部の近く、とある。私は、五月に仕事でニューヨークに滞在していた。そのとき宿泊したホテルのすぐそばだった。

 ニュースの動画を見たら、見覚えのある交差点である。ホテルから地下鉄の駅に向かう方向にあるので、六日間の滞在中、朝晩必ず前を通っていた。確かに、大掛かりな工事をやっていたのを覚えている。歩道には仮囲いの通路が作られていたが、大型車両が出入りしていて通りづらかったので、真下を通ったのは一度か二度だけ。反対側の歩道から、工事してるなあ、となんとなく意識して見ているくらいだった。

 一九七〇年代に企業の本社として建てられたビルを住宅用に改築する工事で、ニューヨークの住宅不足対策のための大型プロジェクトだったらしい。思わぬ事態でビルの来歴や工事の内容を知ったわけだが、倒壊の危険が報じられた当初は、周囲に避難指示が出て、私が泊まっていたホテルもそこに含まれていた。

 もし、時期が少しずれていたら、ホテルから急に出なければならなくなって右往左往しただろう。仕事での滞在だったから同行の人や現地のスタッフの人が助けてくれたとは思うけど、一人だったら元々イレギュラーな場面で慌てる性格の上に英語も心許(こころもと)ないので、パニックになったに違いない。

 倒壊の危機は少し落ち着いて避難対象も縮小されたようだが、最初は壁の一部が落下してきたそうなので、そのときに真下を歩いていたら……。などと、あれこれ想像してしまう。普段から災害に備えて対策などしていても、事故や災害にはいつどこで遭うかはほんとうにわからないものだ。ともかく、事態が収束することを願ってます。=朝日新聞2026年7月15日掲載