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ザ・キャビンカンパニー「なきむし なきこちゃん」インタビュー 泣くことを肯定し、美しく描く

『なきむし なきこちゃん』(福音館書店)より

泣くことそのものが主役

――「がまんしたいけど むりなんです。めが きいんと あつくなって、なみだが ゆわんと こぼれます」。涙があふれ出そうな目のクローズアップ、ページをめくると涙を次々流しはじめた「なきこちゃん」の泣き顔から絵本がはじまります。「泣くこと」をテーマに作ろうと思うきっかけが何かあったのですか?

阿部健太朗(以下、阿部):娘がまだ1歳くらいの頃に電車の中で激しく泣いたときがあって。何をしても泣きやんでくれず、他の乗客の方はみんな下を向き「うるさいなあ」という雰囲気になってきて。僕が「ああ、どうしよう」と冷や汗をかきながら必死に娘をあやしていると、外国人の親子が、いきなり近づいてきて、「ヘーイ!」と泣き声に合わせて一緒に踊ってくれたんです。娘は泣き続けていましたが、その瞬間から、電車内の空気がぱっと軽やかになったのを感じました。僕も娘も、彼らの行為に心底救われたのです。その出来事があってから「泣く子ども」をテーマにいつか作品をつくりたいと思いはじめました。

吉岡紗希(以下、吉岡):実際に絵本作りに取りかかったのは、娘が5歳くらいの頃です。最初に描いたラフスケッチが、青空とヤシの木を背景に、涙を流す女の子の絵。その絵が、ほぼそのまま絵本の表紙になりました。内容はどんどん変わったけれど表紙のイメージだけは変わらなかったな。泣く理由や背景は子どもそれぞれだから、それぞれの子が読んで「自分の本だ」と思えるように、「泣いていること」を主役に、できるだけ多くの子のお守りになる絵本を描きたいと思いました。

阿部:制作に5年かかったということもあり、物語もページ数も、本の判型も、その都度ずいぶん変わっていったけれど……。表紙から導入部分「なみだが ゆわんと こぼれます」までは、当初から変わりませんでした。両目のクローズアップは「これから泣いている子の内側の世界を描くよ」という私たちの意思を表しています。 

『なきむし なきこちゃん』(福音館書店)より

――表紙のタイトル文字と涙が、箔押しでキラキラ光ってきれいです。

吉岡:表紙の箔押しは、ブックデザイナーの名久井直子さんから提案して頂いたんです。涙を美しく肯定するこの絵本にピッタリな表現だと思いました。とはいえ、絵本の表紙としては珍しい加工なので、過度な装飾にならないかという懸念もありました。どこまでラメの箔押しを強調するのか、涙だけか、タイトル文字だけか、両方するか、とても悩みました。

 その頃ちょうど滋賀県で、たくさんの子どもたちと一緒に絵本を作るワークショップを行っていたので、その子たちに、印刷の試し刷りを見せて「どれがいいと思う?」と見比べてもらったんです。最後は100人の子どもたちと一緒に決めた感じですね。

『なきむし なきこちゃん』(福音館書店)

「子どもってこんなに泣くのか」という驚き

――時計は8時半をさすところ。しくしく泣き出した女の子の涙は大粒になり、あとからあとからあふれ、周りは涙の海に……。パワフルな涙が伝わってきます。

吉岡:描きはじめた当時、娘がまだ小さくてよく泣いていたし、保育園や習い事の場でも子どもが泣き出す場面にたくさん遭遇しました。子どもは本当によく泣きます。大人になるとあまり泣かなくなるので忘れがちですが、いざ子どもと一緒に生活すると「子どもってこんなに泣くものなのか」とびっくりします。

 幼い子どもの泣き声や涙を見ていると、原初の人間の本能のようなものを感じて、その生き物としての強さに圧倒されることがあります。でも多くの場合、子どもが泣くとまわりは心配し「早く泣きやんでほしい」という空気が生まれる……。「泣くことはそもそも悪いことなのかな?」とモヤモヤする気持ちがずっとありました。そういえば「泣く」って、「食べる」とか「寝る」とかと同じくらい原初的な行為なのに、それをテーマにした絵本もあまりないなと。

阿部:泣いている理由にフォーカスして作られている絵本は、いくつかあるけれど「泣くことそのもの」に向き合う絵本は多くない。「泣くこと」は、社会的にマイナスのイメージがあるから、絵本にするのが難しいんだろうねと、僕らと編集者さんと3人で話しました。でも、だからこそ「泣くこと」を肯定し、美しく描くことができれば、これまでにない良い絵本になるはずだよねと。

 実際に描いてみると、ちょっとしたバランスでなきこちゃんがわがままな少女に見えたり、ただ嫌な子に見えたり……難しかったです。子どもが、しくしく泣き続ける絵はどうしても重くなっちゃう。泣いていることそのものが美しく見えるよう、試行錯誤を重ねました。

流れている時間を丁寧に

――涙でぷかぷかと浮いてきたベッドごと、部屋の外の海へ流れ出してしまう、なきこちゃん。ポツンと一人で流れていきます。

阿部:絵本作りをはじめてしばらくは「ストーリーを作ろう」と思っていましたが、描いていくうちに、ストーリーではなく、「泣く行為そのもの」を丁寧に描くことで、この作品は出来上がるのだと気づいていきました。

『なきむし なきこちゃん』(福音館書店)より

吉岡:お話の展開に合わせてパッパッと場面を切り替えるのではなく、泣いている時間を一つひとつ具体的に追ってみたんですよね。目がじわっとなり、一人ぼっちで、とりとめもなく、何もない場所に放り出される感覚を絵にしてみたくて……。

阿部:たとえば『かいじゅうたちのいるところ』(モーリス・センダック作、じんぐうてるお訳、冨山房)や『おやすみなさい おつきさま』(マーガレット・ワイズ・ブラウン作、クレメント・ハード絵、せたていじ訳、評論社)も、同構図の場面の積み重ねを通じて、時間を丁寧に描いていると感じます。僕らの『がっこうに まにあわない』(あかね書房)の電車が走るシーンも同じ手法です。本作品の序盤も、同構図の場面を丁寧に描写して積み重ねていくから、涙があふれて、海ができて、流されて……という展開にグッと没入できるんだと思います。

吉岡:「いつファンタジーの世界へのスイッチが押されたんだろう?」と不思議になる、絵本ならではの表現方法ですよね。

阿部:当初、海に登場する生き物たちは、現実のメタファーとして「泣くのは恥ずかしいよ」「泣き止んだらいいものをあげるよ」などと言って、涙を否定する役割を与えようと思っていました。でもそれじゃあ現実でいつも子どもが言われることと同じ。泣いている子は救われないよなぁと……。この絵本の中で、涙は全肯定されるものであってほしいと思い直しました。

 なきこちゃんが涙の海をつくってくれたから、魚たちもペリカンもウツボもみんな生まれることができたんです。だから「なみだの うみは きもちが いいよ」とか「なみだの キャンディ おいしいよ」「なみだの うたを うたおうぜ」と言って、涙を肯定し、泣くことを愛しんでいるのです。生き物たちは、なきこちゃんに、もっと涙を流していいよと背中を押して肯定していく役割なんだということが、描き進めるうちにだんだんはっきりしてきました。

『なきむし なきこちゃん』(福音館書店)より

勢いよく泣く爽快さ

――大きなクジラが「なきたいときは なけばいい」と優しく声をかけると、なきこちゃんの泣き声も「うわあああーん!」と大きくなり、波も「ざばあーん!」とまるで大嵐の状態です。

阿部:涙がわーっと出て、泣いて泣いて大嵐になって……最後に止まる。泣いている状態を海と重ねて描くと決めるまで何年もかかりましたが、そこからは、どんどんイメージが膨らんでいって、なきこちゃんの涙と海が一つになり、大胆に爆発していった感じです。「うわあああーん!」と子どもの泣く姿は、葛飾北斎の「富嶽三十六景:神奈川沖浪裏」を重ねて、迫力のある大嵐のシーンになりました。

 

『なきむし なきこちゃん』(福音館書店)より

――散々泣いた後、しずかな浅瀬でぼーっとするシーンがいいですね。

吉岡:泣くって、潮の満ち引きみたいだなと思います。だんだん潮が引き、泣き疲れてぼーっとして。鼻水をすすって……。サイン会や読み聞かせイベントに来てくれて、一緒に読んだ子たちも、「鼻水のところがいちばんよかった」って言うんですよ(笑)。思い出してるんじゃないかなぁ。泣いた後のことや、ちょっとすっきりした感じを……。

『なきむし なきこちゃん』(福音館書店)より

――ザ・キャビンカンパニーは、絵を二人で描かれるそうですが、文章についてはどのように話し合うのですか? 独特のオノマトペや言葉のリズムも魅力ですね。

阿部:まず、二人で会話をしながら、大まかな物語の流れを決めます。それを最初に文章に落とし込むのは、だいたい吉岡です。

吉岡:それを阿部に送って、言葉を整えてもらいます。それからは2人でLINEのトーク画面でやりとりするので、似通った絵本の全文がずーっと並ぶというおかしな画面になります(笑)。履歴が残るので、変遷もわかるし、前の文章の方がいいねというときはすぐ遡れるので便利なんですよ。

阿部:とにかくずっと話し合いですね。ウツボの歌は何パターン考えたかわかりません。100個以上考えたんじゃないかなあ。

吉岡:最後「なみ どんどん♪」が出てきてよかったよね。思わず「それだ!」って叫んだもん。

大人は、なきこちゃんが羨ましい

――お二人は子どもの頃、泣き虫でしたか?

阿部:ちっちゃい頃はすごい泣き虫だった、と親に言われました。あんまり泣くと近所迷惑だから、車でドライブに連れ出してなんとか泣き止ませて帰ることをしょっちゅうやっていたそうです。そのときに一生分涙を流したのかもしれないけど、小学校に上がってからは、全然泣けなくなっちゃった。もしかしたら、下に弟が2人いるので、弟たちが泣く番になってたのもあるのかも。

吉岡:私は、枕の上でどれだけ涙を流したら枕がびしょびしょになるだろうと、実験する気持ちで泣き続けたのを覚えています。小学生か、中学生だったかもしれない。でもそこまでびしょびしょにならなくて、所詮こんなもんか、って思った(笑)。

阿部:僕は、大人になるにつれて「わーん」って声に出して泣くことは、あまり無くなってしまった。この先、なきこちゃんみたいにわんわん泣けることがあるんだろうか。ちょっと羨ましい気持ちもありますね。

心の中に海をつくる

――絵本の冒頭に、劇作家・寺山修司さんの「なみだは にんげんのつくることのできる 一ばん小さな 海です」という詩が引用されています。

阿部:本書は「人間の体液」と「太古の海」の成分が似ているという説から着想を得ています。寺山修司さんの詩『一ばんみじかい抒情詩』や、加古里子さんの絵本『人間』(福音館書店)の終章にも影響を受けています。

吉岡:自然科学的に本当かどうかは立証されてないけど、ロマンとして。体液の成分と、古代の海の成分が似ているかもしれないという説は、面白いお話ですよね。

阿部:絵本で、子どもの涙と海をリンクさせるのはいいアイデアだったなと。寺山さんの「小さな海です」という詩からはじまり、最後に「おおきな うみを つくりなさい」で締めることが、自分たちなりの寺山さんの詩へのアンサーになったかなと思います。涙で大きな海が心の中にできると想像すると、泣くことが、なんだか神聖なものとしてとらえられるなと、制作を通じて思うようになりました。

吉岡:子どもが泣くところを見ていると、うわあって泣き切って、でもそこから立ち上がって、また泣いて……を繰り返して、成長していくんだろうなと思います。「泣いていいよ」と受け止める他者がいてくれたら、きっと立ち上がれるのでしょうね。

――本書を読むと、海が身近に感じられそうです。

吉岡:最近、ある人に言われたんです。九州に住んでいるのに釣りをしないなんてもったいないよ、と。それから、海釣りをするようになったんです。朝夕に潮の満ち引きがあるとか、風向きによって竿が振れなかったり、潮の流れで釣果が変わったり、これまで実感していなかった自然界の秩序を体感できるのがすごく新鮮なんですよ。

阿部:そうそう。海って意外と規則正しいんだなあと。月の満ち欠けに沿って満潮や干潮がぴったり決まるし、大潮と小潮もカレンダー通りでずれない。

吉岡:私たちが暮らしているのが大分県で、身近に海がある暮らしだからこそ、『なきむし なきこちゃん』が生まれてきたのだと思っています。