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「メメント・ヴィータ」書評 死に満ちた世界で生を意識せよ

評者: 秋山訓子 / 朝⽇新聞掲載:2025年07月05日
メメント・ヴィータ 著者:藤原新也 出版社:双葉社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784575319712
発売⽇: 2025/05/21
サイズ: 18.8×1.7cm/440p

「メメント・ヴィータ」 [著]藤原新也

 何十年も前、著者の海外撮影旅行に同行する僥倖(ぎょうこう)を得た。朝から晩まで間近で見た著者は、静かでとても優しい人だった。それも数々の修羅を経て至った深い優しさで、相手の傷をわかる人のように思えた(この本で、著者が白土三平氏を評しているように)。
 そういう著者が、相手と通じ合う手段が「撮影」だった。本書にあるように、「撮影」とは著者が相手との関係を作るための行為。相手と気持ちが「シンクロ」し、「奇跡」のような出会いの一瞬を保存するための。
 シャッターを押すことが交歓で、交情であり、相手を理解すること。著者の写真には被写体が生物でも静物でも「え、こんな表情?」「こんな場面?」というものが多いが、対象が著者の気持ちを受け取って返したゆえなのだ。
 だから、当時はフィルムだったこともあるが、シャッターを押す回数が驚くほどに少なかった。その瞬間瞬間をそっと愛(いと)おしんでいるから、のように思えた。
 この本は著者の精と髄がこめられている。1983年の『メメント・モリ』(ラテン語で「死を想〈おも〉え」)に連なるが、不安定化する国際情勢やパンデミックに見舞われる「死に満ちた世界」だからこそ、今意識すべきは「生(ヴィータ)」。五感、いや第六感までも駆使して著者がとらえた世界のありようだ。
 今のネット社会、タイパでコスパでバーチャルで、とにかくスマホでシャッター連打しておいて……という流儀とは真逆にある。本書の、石垣と与那国の男女の話はこの世ならぬ美しさ。男女間のことは、身体性の極みだからかもしれない。
 表題と同じ最後の一編。現代社会の闇と病巣の奥底に分け入り、点と点を鮮やかにつなげてみせた慧眼(けいがん)か、あるいは大暴走か。読む人で判断が分かれるだろう。いずれにしても、著者にしか洞察できず、たどりつけない圧巻の境地なのだ。
    ◇
ふじわら・しんや 1944年生まれ。写真家・作家。木村伊兵衛写真賞、毎日芸術賞を受賞。『インド放浪』『東京漂流』など。